phonon『ゼロと白』 Next Plus SongZELDA『Ashu-Lah』

LILI LIMIT
『Festa』

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 不思議なグルーヴだ。この不思議さがビデオの作りにあるのか、サウンドにあるのか、ボーカルの声のアクの強さにあるのか、おそらく、その全部だろう。無表情で動きの乏しい映像が異質な空気を生み出していて、そういうバンドなのかとついつい思ってしまうが、同曲のライブ映像を見るとけっして無表情で動きの乏しいパフォーマンスなどしているわけではなくて、そういうシーンを見ているとMVを見ている時に感じる不思議さは多少軽減されていく。では軽減された結果不思議さがゼロになるのかというとそうではなく、やはり不思議さを内包したバンドなのだろうということは確信に変わる。何故なのだろうと考えてみる。昔から不思議とか変わってると言われるバンドはたくさんいて、その系統の中のひとつなのだろうかと思ってみるけれどどうも違う。ボーカルの牧野純平の声のクセの感じがヒカシューの巻上公一を連想させるのでついついそういうものと比較してしまうが、音楽の在り様がまったく違うなという気がするのだ。歌詞などはよくよく聴き込むとひねた視点が存在するのがよくわかる。表現とは表現者が自分の周囲をどう見ているのかということの鏡であり、写実的に描こうと暗喩的に描こうとしても、見ているものが変わるわけではない。ひねた視点があるのはユニークだと普通に思うが、ヒカシューのそれがポップの王道からは結果的に遠いところに行こう行こうとするのに対し、彼らの音楽はポップなサウンドへと意図的に向かう。覚えやすいサビの繰り返しフレーズなどを明確に使用して、ひねた視点を持っていない人も容易にノれるような作品に仕上げている。古き良き時代の不思議サウンドは不思議であることだけで成立したし、それを愛でるアンダーグラウンド指向の人たちだけを相手にしていてもビジネスになった。だが、今はそれではもう通用しない。360度対応で巻き込んでいけない表現は広がりを持ち得ない。そういうことを考えてみると、このポップ対応で作品を作り出す彼らは、まさに現代特有の不思議なのだろう。したたかであり、しなやかな。聴いていて飽きないし、気分がワクワクさせられて、やはり不思議だ。
(2016.6.10) (レビュアー:大島栄二)
 


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