ねぇ、忘れないでね。『無題』 Next Plus Songandymori『CITY LIGHTS』

Brian Eno
『Reflection』

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 おくればせながら明けまして、黄砂で眼鏡が早速曇りながら、その合間からフィットネス・クラブと進学塾の広告と建物が増えたな、と思いながら、どちらも「自己」投資の名目の下に過度な演出とともに、今の御時世に合う意味ではよく分かる。健康のためなら死んでもいい、という色褪せた冗句はいまだ有効どころか、雑誌やメディアでも筋骨隆々な人たちがよく出てくる。経済誌におけるトップの巻頭言や経歴談みたいなものもずっと変わらず、自分はこう苦労してきたけど、成功したがゆえに今ここにいるという同工異曲な言に帰着する。しかし、現代における名声や成功とははたして何なのだろうか、格差や貧困をキーワードにした現実を巡る非情な事件は枚挙にいとまがなく、同時に自己啓発の類いも大きな声で聞こえてくる。

 2015年12月に厚生労働省が「国民健康・栄養調査」で低所得世帯は高所得世帯に比べて、肉や野菜の摂取が少なく、穀物の摂取が多く、栄養バランスが取れていない、と発表して相応に話題になったが、今における低所得者層と肥満を結びつけるのも一理あれど、あまりに極端すぎる。ドキュメンタリーで高齢の単身女性が年金を頼りに細々と生活を続けるのを観たことがあるが、市役所の担当の方からは「生活保護も受けられますよ。」と言っても、彼女の矜持でそれを頑なに断っていた。以前より安価で高カロリーなものを食べられるようにはなっていても、それを選ぶか/選ばないかに極端な貧富差のような物差しを持ち込むと、テーゼがずれてしまう気がする。そう、事実、なにかと峻厳な世の中で閉塞感をおぼえる事柄が進んでいても、何でも極端に振り切ればいいというものでもないことがある。

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 クラシック、ミニマル・ミュージックなどでは10枚組、20枚組なんて結構ある。聴けるのかというと、おそらく、相当の時間や根気がある人じゃないと厳しいだろう。クラシックではないが、2015年にマックス・リヒターが睡眠学者と連携した『Sleep』という作品は8時間ある。ありがたいことに、8時間の内に眠ることができてしまう。

 この年初にリリースされたブライアン・イーノの新作『Reflection』は54分1トラック(LPでは四部に分かれている)で、彼が1975年の『Discreet Music』で試み、その後も継続してきたアンビエント・ミュージックの系譜に並ぶものだ。それらの中でも、この『Reflection』は“自動生成的“という意味合いが強いのは、2016年のDentsu Lab Tokyoとコラボレイトした『The Ship』からの流れにも繋がってくるだろう。AIの可能性や律動的な時間論への詳細な彼の言葉はセルフライナーノーツやあちこちの取材で語られておりチェックしてみて欲しいが、今作はアプリと連携させた展開や、また、”流れる川“というモティーフについて触れられているのがポイントなのだと感じる。

 「自己」と「他律」を縫うリフレクト、それこそが静謐な音楽の核心たる言説の中を縫う。それにしても、今作は聴くたびに印象が変わり、日常の空間の所作次第で見事に反射、音が游泳する。移動中、考え事をしている最中、休憩中、食事中など何でもいいが、ふっとこの音楽は邪魔をする訳ではなく、イーノ自身が、聴き手自身が自由に”Useしてくれればいい”という理由がよく分かる。音源としてCD、LP、アプリを通じて聴くのでもまた変容し、そこも面白い。

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 例えば、京都の鴨川岸に寒くても等間隔並ぶ人たちが川べりでずっと目の前の川を眺めていても、意識偏差、その状況、恋人同士、異国の旅行客、夫婦、子供たち、サークル仲間などではまったく同じ流れはなく、それは次から次へと無限に近くに続くが、ループ、循環される訳ではない。だから現今、憂いや肥大して制御が効かなくなってしまっているカオティックたるものばかりを極端化して遠望していても、むしろ本質的な何かから遠のいてしまう光の言祝ぎもあるのではないかと思う。言祝ぎたる光じゃなくても、その光が反射した中でできた小さな陽だまりでも戯れてみるのもよく。

 3分間に凝縮されたポップ・ソング、ダンス・ナンバー、ロックンロールで持ち上げられる生活は勿論のこと、肯定されるとして、ありふれた日常の岸辺にこういう混ざり合い方をする音楽も必要で、その中で自動生成されてきた感覚の束を各々がメモし始めたら飛び越えられる新たな可能性に付随した明日や課題群が待っているかもしれない。

 彼はFBの1月1日の投稿で“There’s so much to do, so many possibilities. 2017 should be a surprising year.”(すべきことは沢山あり、可能性も数多に。2017年は驚くべき年になるだろう。)と締めていた。すでに着ぶくれ気味なハードな音楽が溢れるこの瀬に再アクセスしてみるたびの発見がありますよう。

(しかし、54分そのものがUPされていたりするので、便宜的にこれを選ぶが、アプリで試してみたり、CDやLPで聴いてみたりの契機になれば)
(2017.1.27) (レビュアー:松浦 達(まつうら さとる))
 


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