Baths『Out』 Next Plus Song下須万里子『スタートライン』

ソウルフード
『筆を執れ』

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 表現者の立場というのは一体どうあるべきだろうと考えることがある。受け手のことを考慮せずに純粋な自己表現をしていいのか。それとも受け手の代弁者として仮託されるような表現をすべきなのか。仮託されることを狙いすぎてはリアルさを失ったマーケティングお化けのようなものになるだろうし、かといって純粋な自己表現は誰の共感も得られないマスターベーションのようなものになってしまうだろうし、で、そうなってしまっても、そのマスターベーションのようなものにこそ真実があると評価を受ける場合もあるだろうし。この曲は冒頭で「筆を取れライター」という呼びかけがあり、ライターの端くれのような立場としては無視できないなと思ったわけで。ではライターに筆を取れと言った瞬間にその表現は誰宛なのかと考えざるを得ない。音楽というより音楽ビジネスに重心を置いた表現活動者は時としてチャンスに顔を向けるがあまりに無名のファンのことを疎かにしがちになることがある。このバンドもそうなのか、ライターに向けて呼びかける表現をするというのはそういうことなのかという先入観が湧く。だが、曲を聴き進めていく中でそういう先入観は消えていく。人生は一人きりで、その一人きりの活動は続いていく。その中でも君といる時には優しくなれたと歌う。その歌を歌う視点は一体どこにあるのだろう。バンドなのだから、いつも一人きりというのは表面的には違和感がある。僕に問うと言いながらもその先の言葉は問いではなく断定だ。いろいろと理解しきれないフレーズが続いていく。なのに、共感できる。世の中にメッセージソングというのはたくさんあって、そのほとんどは判りやすいフレーズでぼくらの気持ちを納得させようとする。ある意味の誘導がなされている。だがその誘導が導こうとする先は判りやすいが故に現実とは乖離した世界で、その甘言に浸ってしまったらもう思考を停止してしまいそうな雰囲気が漂う。この曲はそれとは対比的で、単純な言葉の羅列が、結果的に個々のフレーズを判りにくいものにしている。それなのに、全体を通して聴いたあとに共感してしまう自分に気づく。とても興味深い。これは別にライターという特殊な職業の人に対して向けられた表現ではなく、すべての人に普く向けられた、単純ではないメッセージソングなのだろう。ビジュアルはジャニーズ的なものとは対照的なところにある彼らの、終始顔面に力を込めた熱唱が心地良い。気楽にBGMとして流して聴けるようなものとは違った、圧力を持った曲だ。
(2018.1.11) (レビュアー:大島栄二)
 


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