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岡崎体育
『龍』

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 昨年から断捨離という言葉は得意ではないが、身辺整理をしていて、同時にあの段ボールの中の書籍群も読み返したことなかったな、とか、データ化できるものはすべてそうして、コンパクトなサイズのハードディスクに収まったものに妙にしみじみしてみたり、の感慨よりも先に日々何かが起きて、年末年始は新春を祝ぐどころではなかった。喪中につき、や、年賀はがきをやめましょうではなくて、なんとなくが重なってゆくと、「なんとなく」肌触りの良くない空気感が出来上がってきて、それを日本語では世間として、制御したのかもしれないが、その「世間」もあるのか分からなくなっている。一食に名前をつけようとして忘れて、通り過ぎた花に名前をつけようとして忘れて、すぐ過ぎる。就寝の時間がくる。朝が巡る。ようやく動けるようになったときにテレビを観たら観れたものではなくて、海外のニュースや絵画集、動物、自然の写真を見て、紅茶ばかり飲んでいた。誰かからふと入る連絡はあまり良い報ではないのも確認しながら、「個」に孵り、小さな共同体で呼吸をする。しかし、とりあえず年が明けて「個」に寄り添うような、こんな素敵な曲を聴けただけでも、2019年になったことは悪くないと思える。

 岡崎体育は多岐に渡る活動で分かるようにサービス精神と器用さに抜きんでているものの、本当に賢く繊細な感受性の鋭敏な方だと常々思う。自身の道化性を弁えて、時に素の自分に沈み込むような生真面目さの幅でもがき、このメジャーでは3枚目となる『SAITAMA』では積み重ねてきた岡崎体育像が真摯に凝縮されている。これまでのようなテクノ・ポップ、ダンスなどの陽の側面やトリッキーなネタは抑えめに、翳ろいを帯びたアンビエント・ミュージック、淡い音色が残響し、歌が静かに綴られる内省的な面がよりその分だけ際立って滋味深く美しい。音楽家として、個としての彼自身の想いが映える力作だと思う。6曲目にある「確実に2分で眠れる睡眠音楽(Interlude)」などは昨今、溢れる「すぐ眠れる」、「睡眠音楽」の跋扈へのイロニーもあるが、きっちりと微睡ませてくれる2分で、前半からの盛り上がりはじわじわと静けさを帯び、10曲目の「私生活」での普通の人たちのミニマルな(私)生活を歌う。そして、秀逸なMVを見ながら聴きたくなる繊細なバラッド「龍」。

 年が明けたのかどうか明けたからどうなのか、今年は何が起きるかどうかわからない。でも、彼の素朴な声で「寂しい心を持つと 偏った成長を遂げてしまうもの あなたには愛がある」と紡がれると、心が締め付けられる。道化たる姿とこの今にも消え入りそうな儚い姿の間で表現を続けようとする彼のこれからに期待を寄せてしまう。

   夜は龍になって
   星の透き間を泳いで
   誰も知らない唄をつくろう
         (「龍」)


(※レビュー公開時の原稿の中で、「岡崎体育」を「岡本体育」と誤表記しておりました。そのことを岡崎体育さんご自身のTwitterで指摘していただきました。訂正させていただきましたと共に、岡崎体育さんから指摘を受けて訂正したことを、ここに明記させていただきます:2019.9.3)
(2019.2.1) (レビュアー:松浦 達(まつうら さとる))
 


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