綿めぐみ『災難だわ』 Next Plus SongBAD ATTACK『僕は空』

柴田聡子
『いきすぎた友達』

 淡々と語るというよりもつぶやく、つぶやくというよりもまるで棒読みのようなこの歌のインパクト。そうだ、これはお経だ、葬式の時にだけ耳にするお経なのだと勝手に思う。ありがたい教えが込められているはずなのにどうしてあんなにお経というのは眠たくなるんだろう。それはあまりに淡々と言葉が羅列されているからだ、とこれまた勝手に思う。意識して聞くとお経はお坊さんによってまったく違っていて、多くのバンドがカバーしている1曲に秘められたバリエーションよりももっと幅が広いことに気付く。まあそれもお葬式の時にしかお経を聞かないのであればやはりどのお経も眠いだけで。しかも眠ってしまったら聞いているのかどうかも定かではないわけで。
 柴田聡子という人の曲をいくつか聴くとそこに示唆があるのがわかる。日常を人目を気にしながら笑顔で過ごして家ではバラエティ番組を無表情に見て眠る。感情はできるだけ見せない方が生きていくのには都合が良くて、だから街を歩く人はみな他人の目を見ようとしない。見ないで済むのなら済ませた方がいいのだ。過剰な空間密度に人が詰め込まれると不可能な空間確保を視線で作ろうとする。小さな島国の僅かな平地に過剰に集まった人々はネットの空間でだけ本音を語る。そんな生活のリアリティを誰がどのくらいの確度で実感しているのだろうか。このいきすぎた友達という曲の動画は歌う口元をアップで映していて、なんだよ動きのない映像だなと思って流しっ放しにして他のことに気を取られていたら、実際にそこで行われていることにさえ気付くことは無いのだろう。それはまるでありがたいお経が教えてくれる意味などそっちのけで居眠りしてしまうかのように。笑顔の仮面で本音を隠してテレビとネットにだけ命を注ぐように。動画の展開に気付きもしないリスナーが、歌の中に込められている何かに気付くわけもないように。
(2014.11.7) (レビュアー:大島栄二)
 


   
         
 


 
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