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蓮沼執太フィル『ZERO CONCERTO』

現代の膨大な情報量の内実と人間心理の疎外の相互補完性を考えると、存外面白い。例えば、中国ではネット依存症者のための病院があるが、現今の音楽は、基本は精巧で情報量にあふれ、どこかオブセッシヴで加圧的なものも散見されるが、それも時代の要請でもありながら、聴き手には一種のアディクトと孤立ももたらすのかもしれないといえる。反面、この曲は、隙間の活かされたサウンド・ワーク、反復のスティル(文法)にじわじわとスティールパンや管楽器やストリングスの暖かい音色、歌声、ラップまで多彩に音の輪を広げてゆく、派手さやキャッチーさよりもポスト・クラシカル、現代音楽的な色が強い。そして、画面には電車のホーム、メンバー、涙、テキストが移ろう。ゴダール的とも換言できる映像と音の異化。蓮沼執太が音楽家としてだけではなく、ワークショップなど多岐に渡る活動と受け手の想像力や五感を刺激してゆくようなキャリア過程で、2010年に結成したこのアンサンブルの形式で録音作品を上梓したのは感慨深い。11分半ほどの「長さ」は音楽そのものの贅沢な時間を待備せしめ、しかし、最後に、無音と暗闇のカーテンが降りる。甘やかな音楽への感傷を断ち、日常の時間へ巻き戻すように。

(2014.2.1) (レビュアー:松浦 達(まつうら さとる))


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review, 松浦達, 蓮沼執太フィル

Posted by musipl