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原田茶飯事『終末のドライブ』【違和感の中に滲む個性、違和感の中で伝わる真実】

ゆるやかな、シティポップというか、トロピカルな雰囲気さえ纏った浮遊感あるサウンドに載った声がなんか違和感。この人は、きっとトロピカルな人でもシティポップな人でもないのだろう。絶叫とは真逆な、存在感を消そうとしているのかと感じるほどの歌い方でそこに只在るだけという印象なのだけれども、1分20秒くらいで突然シャウトする。その唐突なシャウトに、オレはこんな感じなんだぞという、おそらく無意識の意思表明が剥き出しになっているように感じられる。この曲ではそんな感じじゃいけないからおとなしくしておこうと頭で理解しつつも本性を隠しきれない。だってアーチストってそういうものでしょう。誰かの言うなりにカラーに染まれるというのはそもそもの自分の中から隠しても滲み出る自分というものが無いということの証明なのであって、だからこうして、終始違和感を感じる、感じさせるのだろう。この人の個性はこのPVよりもたくさんアップされているライブ動画の方により強く出ていて、しかもバンド編成でやっているものよりもソロでギター弾き語りしている曲の方が僕は良いし素敵だと思っている。では、じゃあそのライブを見れば意識に残るのかというとそうでもなく、このPVがもたらすような違和感が、アーチストへの興味を深めていくというのも厳然たる事実だろうという気がする。そう、等身大の自分を気ままにやっている強い個性より、自分とは違う何かをやっている中に滲ませる自分を表現し、そのことで何故その人がそういう何かをやっているのかということを想像させるという、二重三重にねじ曲がることで伝わる真実というものがあるんだなと。そんな発見をしたような、興味深い出会いだった。

(2015.11.23) (レビュアー:大島栄二)


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review, 大島栄二

Posted by musipl