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Suchmos『MINT』【スタイリッシュにロックとカルチャーの接合を信じているところが頼もしい】

音楽はカルチャーであるよなあ、ということを再認識させてくれる。そういう音楽は実はそんなにたくさんは無い。昔々にそんなにジャンルというものがなかった時代、音楽はカルチャーという以前に民族という単位の伝承文化の一部として淡々と継承されて、それはいろいろなスタイルから選ぶというようなものではなくてただ自然発生的に生まれたものを受け継ぐだけのものだったが、時代のスピードが速まりビジネスとしての音楽が「新しい」ことをアイデンティティとして高い価値を与えられるようになり、次第にカルチャーとはかけ離れていく。しかしプレイヤーが多くの表現スタイルから自分たちの好きなものを選択する以上そこに嗜好は存在するし、そのプレイヤーが居場所としているカルチャーが存在するはず。なのに、表現された音楽そのものにカルチャーが感じられる音楽というものが実際に少ないのはどういうわけなのだろう。日本でいえばHIP HOP界隈にはプレイヤーたちが属しているカルチャーが色濃く浮かびだす傾向があるが、このSuchmosの音楽はそれとはまたちょっと違ったカルチャーが感じられて面白い。HIP HOPのそれが緊密な仲間意識と上下関係を持ったカルチャーであるのに対し、彼らのはさほど緊密ではない、ここに浮遊する自由さを持った緩やかな結び付きのカルチャーといった感じ。僕自身はそのカルチャーの中に籍を置くことは一生無いだろうと思うのだが、結び付きの緩やかさが許されそうな雰囲気が、彼らの音楽を気楽に聴いていて心地良い理由のひとつなのかもしれない。アンビエントなエレクトロニカアーチストたちの音楽をいろいろと聴いている時に似た心地良さがあって、それが幅広い人たちに受け入れられている理由のひとつかもしれない。

(2016.8.16) (レビュアー:大島栄二)


どこかサイケデリックでグルーヴィなイントロに、タイトなビート、等身大のリリック。ジーンズ・メーカーとのコラボレーションもあり、ラジオ含めあちこちで、全国でパワースピンでされているが、BGMにはなり得ない癖の強さとシティ・ミュージック的な洗練性がある。筆者的にビースティ・ボーイズやベックが流れ続けていた頃の90年代後半の、あの情景がよぎりもするが、今の「都市」はこのMVのように、さまざまな要素のカット・アップの末に成り立つ意味で違う。レコード・ショップ、歩道橋、電車、イヤホン、メンバーの残映。グループながら、昨今における“フリースタイル・ダンジョン”の堅固な門戸の前で、スタイリッシュにロックとカルチャーの接合を信じているところが頼もしい。

どういったことでも、成功や失敗、しくじりで片付けられないところにこそ、”文化は香る”のではないか、と想う。Suchmos(サチモス)みたいな立ち移置は美しく、新たな言葉や文法を作っていくのではないだろうか。いつかの荒れたストリートも誰もが歩ける道になり、そこからライヴ会場、スターダムに繋がっいているかもしれない。

そして、それぞれに自在に愉しめばいい。
「何も無くても笑えていればいい」という歌詞は刹那ではなく、心に響き、音楽が香る。

(2016.8.16) (レビュアー:松浦 達)


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Posted by musipl