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RADWIMPS『前前前世』【ちょっと遥か前世と不確定な現世で揺れてみてもいいのではないか】

ひと昔前は、中身が消えないようにVHSテープのツメを折って、保管したものだった。今は骨を折り損に終わるくらいスマートに収められてしまう。即座に直結するテクノロジーの中に埋め込まれている「信頼」ベースの集合知やクラウド・データを分析した上で、テクニカルに伝わる「言葉」はとてもビットなのだけど、今夏、そして、今年、2016年を代表するだろう新海誠監督の『君の名は。』のビッグ・ヒットは既存のファン層を越えて、ファミリー層も巻き込み、また、そのストーリーの複層性まで含めて、高い訴求力を保っていて、それは実際に映画館で観たときに自然描写の晴れやかさが視覚効果として大きいのとともに、入れ替わる記憶の中で、しっかり仕掛けられている未来にほんの少しか細い希みが見えたからでもあって、周囲は大学生、高校生、家族も居れば、プロテアンな層が一つひとつの情景をスクリーンから得ていた。スクリーンから醒めたあとの景色も解っているだけに、ファンタジーというには「伸度」ではなく「失点」の中でこのハードな現実がカラフルに弾け合うように。

ふたりごと―きみ、と、ぼく、を徹底的に余白を無くしマシンガンのようにまくしたて、徐々に時事も含め、慈愛と茶目っ気と、例の東日本大震災の当日に毎年、曲を発表する行為から多角的にRADWIMPSは、ユース以外にも不穏なセカイに対してのステイトメントとして、大きな象徴になった。バンドとしてどこかに常に味噌汁’sなど(笑・かっこわらい)があったところがなんとなく懐かしくもあるが、ソロやプロデュース業も行なうフロントマンの野田洋次郎氏のフォーカスがまさに命懸けなものになってきているのも感じる度合が強まっているのは止むを得ないのだろう。

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そして、『君の名は。』の主題歌「前前前世」も映画の内容を知っていれば当意即妙なタイトルながら、MVや曲調はラウドながら拓けた眩さとユーモアを帯びた光をおぼえる。その眩さにツメを折ってみても、戻らない前世が未来的な破片と呼べるのならば、色濃いリリシズムを帯びたファンクネス、ミクスチャー・ロックをベースにしたこの曲では、彼らの軌跡の過程でこのファニーなパール・ジャムのエディ・ヴェダー云うところのロープのようなものになっているのかもしれないと思う。ゆえに、これが何かしらのカルチャー・シーンの「真ん中」、「最大公約数」じゃなく、そこから外れそうな人たちが掴むためのロープとして勇壮な雄叫びも響けば、満更、期待できなくはない未来が俟っているのではないか、と思う。ちょっと遥か前世と不確定な現世で揺れてみてもいいのではないか、と。~みたい、ではなく、キャリアとしても、ここでひとつ楔を打ったような矜持を感じる。

    ”心が身体を追い越してきたんだよ”
           (『前前前世』)

切なくても、追い越してこそ想い出せる身体や名前もある。ツメを折るように。

(2016.9.15) (レビュアー:松浦 達(まつうら さとる))


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RADWIMPS, review, 松浦達

Posted by musipl