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Green Day『Still Breathing』【赤裸々で壮絶な詩と、生き延びた故に歌える強さと】

中学生の頃にたまたま拙い絵がコンテストに入賞して、各地でその頃、頻繁に行なっていた地域創生イベントの一環で、佐賀県まで行ったことがある。佐賀には徐福伝説というのがあって、徐福という人は秦の始皇帝の時期に任命で不老不死の薬を探しに行った、とのことで、太古から不老不死という概念は尽きないものだと思うが、もしかしたら、脳だけフリーズ保存して「意識体」としてその人は在り続けるかもしれない未来になる可能性などに触れつつ、不死というのは果たしてどうなのだろうかと疑義も出てくる。同時に、死の瀬戸際や淵から戻ってきた人は何かしら選ばれたというと変だが、不可思議な意味合いを感じるときがある。

今や国民的な人気と言ってもいい星野源氏も過去にくも膜下出血で入院したり、また、ミスチルの桜井和寿氏も小脳梗塞で倒れていたりする。アーティストに限らず、死の瀬戸際や病、事故など深淵から戻ってきた後の表現や生き方は何かしら違ってくるとも思う。例えば、星野源氏の病気からの復帰曲のひとつといえる2014年の「Crazy Crazy」では「お早う始めよう 一秒前は死んだ」で始まる。また、ミスチルの2004年の「Sign」では「残された時間が僕らにあるから 大切にしなきゃと 小さく笑った」という歌詞が印象深く染み入る。勿論、両曲とも前者はクレイジーキャッツのモティーフや、後者はドラマ主題歌としての文脈があるにしても、当たり前のような生は当たり前でなく、有限な縛りの中に囚われていることに気付く内面から表出する想いは自ずと色合いが変わるのだろうか、と。

世界的なパンク・バンドのグリーンデイの昨年にリリースされたアルバム『Revolution Radio』からの「Still Breathing」も同様に、ボーカルのビリーの「I’m like a junkie tying off for the last time / I’m like a loser that’s betting on his last dime」のような赤裸々で壮絶な詩と、生き延びた故に歌える強さと、それでも前を向いて進もうとしている意思と、彼らの曲の中でも非常にポップなヴァイヴに背中を押される。「Cause I’m still breathing / 'Cause I’m still breathing on my own / My head’s above the rain and roses / Making my way away」のstillが胸に響く。

勿論、かといってどんな人でもそれぞれに事情はあり、生き延びる事はそう容易なものではない。病気や思わぬ怪我、事故、事件で奪われてしまうこともあれば、戦争、紛争などに巻き込まれてしまうこと、天災から何から尽きず日々のリスクの中で命はかろうじて活かされ、守られているといえる。また、外的要因だけじゃなく、自分から放棄する人もいるだろう。こう書いている自身も明日には命が尽きているかもしれない。それは分からないし、分かる必要もない。でも、“Still Breathing”な内は、道はまだおぼろげではなく、確実に視界の前に拡がっていて、残された時間がある程度は限られていても、憂うことなく、死んだ一秒前より、ほんの一秒でもない、レス・ザン・ゼロのような未来を見ていけばいいのかもしれないと思う、せめて。

(2017.2.18) (レビュアー:松浦 達(まつうら さとる))


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Posted by musipl