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The Wisely Brothers『サウザンド・ビネガー』【ラブソングは不意のだれかのハミングに似て】

個々によれど、オーガニックでデトックスな音楽はあると思う。聴いていると、心身に馴染み元気になるような。この曲も、私的にだが、どんどん老廃物が剥がされてゆくような気持ちになる。曲名に示唆されるところがあるばかりではなく、彼女たちが伸びやかに自在になってきた音風景の中で、笑顔と葛藤、もどかしさのなかで、それでも、はしゃいでいるような何かが見えるからか、メロディー、歌詞、ハーモニー、楽器の鳴りまでポップで言うことがない。テンポも急ぎ過ぎないほどで、乙女心の「わたし」を衒いなく歌う。一時期のチャットモンチーやまた、スキャンダルのような女性バンドはどこか強さとしなやかな蠱惑が求められるようなところもあるなかで、彼女たちはどうにも素朴で必然なヒステリックな女性“性”の縛りの中で混乱せずにジェンダーの先まで声を届けようとしているようなフラットな温度がいい。LGBTやジェンダーフリーの概念が巷間に浸透しつつあれども、社会はまだ”生物”としての人間に恋をさせるときがある。その恋の形容がアフォーダンスなのか、一期一会的な儚さか、繊細な駆け引きか、また今なりの翻訳がいるとして、センスがなくても恋に落ちてしまえば、言葉はなくなるということは永い過去からの悠久不変なリアリティではないだろうか。千載一遇に音楽に恋に落ちるように、恋に落ちること、また、ラブソングは不意のだれかのハミングに似ている。

(2017.5.1) (レビュアー:松浦 達(まつうら さとる))


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review, 松浦達

Posted by musipl