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冨田ラボ『アタタカイ雨 feat. 田中拡邦(MAMALAID RAG)』【過去を想い起こしている時の現実と妄想の狭間にある曖昧な感情】

このところ急に朝が涼しくなってきた。日中は相変わらず30度を超えてたりするけれど、涼やかな朝を迎えると、ああ、季節は変わるんだなと実感できてうれしくなる。

秋といえば紅葉が真っ先に頭に浮かぶが、京都の紅葉は11月半ばから。もみじがきれいに色づくには寒い夜が続くことが欠かせず、だから紅葉で秋を感じられるまでにはまだしばらくあるし、11月半ばになって紅葉狩りに出かける頃にはけっこうな厚着をしていくことを考えれば、それまでの間に徐々に季節は変化していくのだろう。

秋の長雨という言葉もあって、その一雨ごとに気温がちょっとずつ下がっていく。この歌が歌うアタタカイ雨が秋へ向かう季節のことを歌っているのかはわからない。風香る季節と歌ってて、風薫るのは文学的には5月だと決まっているわけだけれど、秋の長雨だって香りはあるんだ。それよりも、この曲の主人公は「君」との想い出を蘇らせるきっかけとしてアタタカイ雨があると歌っているわけで、その雨の先に「君」への想いがあるわけで、リスナーがある種の記憶を秋の雨で呼び起こしたとしても、それは別にいいんじゃないかな。

MAMALAID LAGの田中拡邦が歌う冨田ラボの名曲。過去を想い起こしている時の現実と妄想の狭間にある曖昧な感情がよく表現されていると思う。イントロがとてもポップで、この先に明快なメロディが展開しそうだと予感させつつも、その後に曲としての明快な展開をしていくことはない。あるのはひとつひとつのフレーズにドラマチックな楽器の音。だからけっして退屈することはないし、一瞬一瞬に緊張感さえ漂うのだけれど、冷静に聴けば単調な繰り返しが続くばかり。田中のボーカルも甘い声と甘いマスクに支えられているものの、けっして声を張ることもなく、淡々と単調な歌唱が延々と続く。なのに、多幸感に満ちあふれている。それは春や秋の、過酷な季節から解放されただけなのになぜか喜びにあふれている季節にも似ている。歌詞そのものはいつまでも過去にしがみつく人の妄想に過ぎなくて、むしろ悲しい以外の何物でもないのに、満ちあふれるのは多幸感。とてもユニークだ。もしかしたら、この曲の主人公がアタタカイ雨に幸せだった頃の記憶を呼び起こしているけれども、実際に振っていたのは冬の冷たい雨だったり、真夏の雨だったりで、それを付き合っていた頃の甘い記憶や、時間によってそれが薄れていったことで、勝手にあたたかい雨だったと無意識にすり替わってしまったということもあるだろう。

(2020.9.19) (レビュアー:大島栄二)


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MAMALAID RAG, review, 冨田ラボ, 大島栄二

Posted by musipl