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Marie Louise『あの街で待ってて』【避けることのできない矛盾のようなもの】

出だしのギターでまずガツンとくる。これは良いに違いないと真っ先に思わせてくれる。ロックなギターって、そういうの大事だ。大事なんだけれどそんなに滅多に出会えるものじゃなくて、たいていはそこに色目というか、オレってカッコいいだろう的な自己陶酔が混ざっている。その自己陶酔が見えると、どんなサウンドでも色褪せてしまって、もうこれ以上聴けないなという気分になる。ところが、そんな自己陶酔がかけらも感じられない、素のギターサウンドがある。そんなピュアな大音量から始まれば、もうそれだけでロックは成立していると思うのだ。

そこからイントロが展開して、ボーカルが始まる。湧という名の女性ボーカルが、これまた良い。時間を切り裂くような鋭さはあるものの、どことなくベタッとした感じで空気ごと耳に張り付く。張り付くというか、貼り付く感じ。これは意見が分かれるだろうな。意見というか、好き嫌いが。僕は大好きなのだけれど、これを嫌いな人もある程度はいるだろうと予想できるクセのある歌。誰からも好かれようとすると結局誰の気にも留まらないので、このままでイイと思う。というか、湧さんもメンバーもそんなこと一切気にせずにガンガンと我が道を行っているのだろう。

京都のバンドということで、ところどころに見たことある光景が映ってて興味深い。叡山電車沿線のそこここや、鴨川に枡形商店街。そうかと思うと鴨川とはちがった幅広の川は桂川なのだろうし、ホームからの光景も阪急かとか、その辺りはあまり知らないエリアなので断定なんてできないんだけれど、地元の人はそういうのを考えながら見るのもいいかも。

歌われているのは、自分と同じ価値観の人などいないよといいつつも、感動を分かち合おうということ。愛なんて無いといいながらも、実はそれを信じているような想い。何をも信じないような心を吐露しつつ、「あの街で待っていてくれる人、この街でずっと歌ってる人、あの街で出迎えてくれる人、この街を今日も歌ってる人」たちに「今日も待っていてくれよ、今日も歌っていてくれよ」と願っている。それはどうなんだろうか。自分の絶対的独立性を保持しつつも、他者にはこうあってほしいと願う。それは純粋に他者への期待であるのだが、見方を変えればある種の呪いとなって他者を縛るし、縛られる他者によって自分の何かが維持できるのだという事実を無意識のうちに吐き出しているかのようにもきこえる。それは自分とは何かということを探していく若者にとって、避けることのできない矛盾のようなものなのかもしれないし、そういう思考の揺れを、ガツンとしたロックな音によってオブラートでつつまれたかのように、リスナーもアーチスト自身も、知らないうちに飲み込んでしまっているように思えた。

(2020.9.28) (レビュアー:大島栄二)


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Posted by musipl