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ドアノブロック『秘密 no フィクション』【王道的な表現を選択するのは悪いことではない】

2年とちょっと前にレビューしたドアノブロックを再び。前回のレビューでは『プラスチック隕石』という曲で、設定がちょっとマニアックな楽曲で、「2010年代のアンダーグラウンド」と評していた。しかし、この曲聴いたら全然アンダーグラウンドじゃないじゃんね。でも、でも、MVを観ていると、まったくの普通ということでもなさそうだ。この曲は映画『蝸牛』に書き下ろされた楽曲ということで、MVの映像はその映画のアフターストーリーだとか。『蝸牛』をちゃんと観てないので断言はできないけれど、主人公の男の子が性同一性障害らしく、それで、このMVの後半では彼が女装(という表現が最適かどうかはわからないけど)で主人公の女の子と一緒に楽しげに踊っている。主人公の女の子というのが小日向ひなたという女優なんだけれど、実際はドアノブロックのボーカル、セックスフラペチーノ。所属事務所のサイトに書いてあるから間違いないだろう。

この曲が書き下ろされた映画が少々普通とは違う境遇下の恋愛を描いていて、MVもそういう設定で進んでいるけれど、じゃあこの曲を映像無しで聴いたらどうなのかというと、そんなに普通とは違った特殊な恋愛にのみ通じるものなどではなく、むしろ普通によくある恋愛を描いたような、王道の悲恋なラブソングといってもいいんじゃないだろうか。そうすると2年ちょっと前に書いた「2010年代のアンダーグラウンド」というのからはけっこう方向性が変化してきたのかもしれない。もちろんずっとアンダーグラウンドでやっていくのは大変だし、大変な割にそんなに成果はでないだろうし、今回聴いた曲のようにある種の王道的な表現もできるのであれば、それを選択するのは悪いことではないし、個人的に僕はこの曲がとても好きだ。

ドアノブロックのボーカルが別名義で女優をやっているということについては十分にアリなんだろう。そもそもアンダーグラウンドな表現をやる人というのは、自分の日常とはまるで違う世界観を同時に持つことができるということに他ならず、それは役者をやる上でとても重要な素養であるはずだから。

(2020.10.15) (レビュアー:大島栄二)


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Posted by musipl