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ヒグチアイ『東京にて』【誰もが少しホッとできて、誰もが少し楽に生きられる】

ヒグチアイの『東京にて』。彼女には『東京』という曲もある。名曲『ココロジェリーフィッシュ』を含むインディーズ時代の1stアルバムに収録されている『東京』は、それはそれは重たい曲で、いや、彼女の曲は大抵重いのだけれど、その中でもかなり重い曲で。その重さは曲調の軽やかさとは裏腹で、求めても求めてもなお届くことのない正解を求めようとする心にのしかかる重さ。長野県出身の彼女が東京に求めた何かと、求めた結果はね返そうとする強い反発力と、その狭間でなお求めようとする正解への遠く長い道程。いっそ遠いとわかれば楽なのだろうに、遠いかどうかさえわからない道程だからこそ、へこたれそうになるし、実際へこたれている人は東京には多いのだろう。

地方に暮らして、そこにはない何かを求めたくなるのが人間というもの。ちょっとばかり自分に自信がある人であればなおさらで、平凡なプロ野球選手なら日本のプロチームで契約してもらえれば十分だろうにちょっと優秀だとメジャーをめざしたくなるのと同じことで。さすがに自分には自分の得意分野でメジャー級の活躍できるほど才能があるんだと思える人は少ないだろうが、その数百分の一程度の自信は誰にでもある。それが活かせないのは地方だからと思い込む人も無数にいて、だから東京に向かう人は次から次に溢れてくるものの、誰もが東京で想い通りの人生を歩めるわけではない。

この『東京にて』では、そんな葛藤の果てに辿り着いた、諦念にも似たひとつの答が歌われている。唯一の高い理想のような答えを追い求めても詮無くて、ひとりひとりの東京がそこにあるだけ。その東京が完璧であろうとなかろうと、ひとりひとりから見る東京はすべて違っている。それを「どれも嘘で、どれも本当」と断じる。悩むのは、これではない何かが本当の答えとして存在するんじゃないのかと疑うことから始まる。だが、自分にとっての「東京」は、今の自分にとっては嘘にしか見えなくとも、客観的に見ることができれば、それが、それだけが本当なのではないだろうか。

そう歌う『東京にて』は、とても優しく聴こえる。相変わらずのヒグチアイの熱唱ぶりはこのMVでも披露されていて、そこまで力を込めなくても良かろうにと思うが、それが彼女の『東京』なのだから仕方がない。そこに気がつくことさえできれば、誰もが少しホッとできて、誰もが少し楽に生きられるのだろう。そのことに気がつくきっかけにもなり得るから、この曲はとても優しく聴こえるのだろう。

(2020.11.14) (レビュアー:大島栄二)


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Posted by musipl