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stellafia『”mitsu” meatte』【わずかな状況描写で引きずり込む力が強くて驚く】

新感覚ファンタジックバンドプロジェクトとして2017年から活動している彼ら。ただのロックバンドとかポップスバンドとかいっても範囲があまりにも広すぎていまいち伝わらないというのはなにも音楽に限った話ではなくて、だからなんだかんだと「肩書き」や「ジャンル」を細かく設定するのはいまや常識。そういうこともあったのか、ファンタジックバンドのstellafiaなのだが、ではファンタジックバンドといえばどんな音楽性なのか、どんなバンドなのかということが一発で伝わるのかというと、そんなこともない。ファンタジックバンドなのだから、ファンタジーな世界感に満ちているということなのか。それと音楽がどうも結びつかない。それを補うためなのか、彼らのMVの映像がけっこうファンタジー。例えば2年前の『はじまりのワルツ』では西洋画に出てくる天使みたいな衣装で森の中を踊りながら歌っている。うん、ファンタジーだ。これをファンタジー以外の言葉で表現するのが難しいくらいにファンタジー。でも、そういうものがファンタジーだとして、ではファンタジーバンドですよと自らを定義することに意味はあるのだろうか。それはむしろ自分たちの手足を縛ることになるのではないだろうか。ジャンル設定というのはとても難しく、「オレたちの音楽は聴けばわかるんだ、グダグダ言ってないでまず聴けよ、そして自分で感じてくれればそれでいいんだ」なんていっている間は売れやしない。よほど大資本の宣伝でも入らない限り、その「聴く」という段階に進まないからだ。聴いてから感じろというのはまったくの正論なのだが、何の情報も無い音楽を聴くことがそもそも難しいので、正論は空論となり、まずは最初の聴いてもらうに至るために、魅力的な言葉をその音楽につけることになる。

で、ファンタジーバンドだ。たしかに「それは何だ?」とひっかかる。MVを見ると確かにファンタジーだ。その画像を見ながら聴けば音楽もファンタジーに聴こえてくる。しかし実際にはファンタジーな音楽というのはあまりに曖昧で、「これが、ファンタジーな、音楽なのか」という確認作業に意識が向く。どうなんだろうか。曲を作る側も「これ、ファンタジーって言っていいよね」という確認作業が、創作作業のかなりの部分を占めているんじゃないだろうか。そして、ファンタジーじゃない曲ができたとして、それをファンタジーじゃないという理由でボツにするということもあるんじゃないだろうか。

そんな中、この『"mitsu" meatte』だ。MVといっても静止画に歌詞が出てくるだけのリリックビデオ。基本静止画のMVは通常musiplではレビューしない方針だ。だって面白くないから。でもそれもガチガチのルールではなくて、良いものだったらレビューする。音楽がいいなら、動画なんていらないじゃないか。そんなルールに縛られるのは、自らの宣伝目的で決めたジャンルに縛られることと同程度につまらないことだ。ファンタジーというのが『はじまりのワルツ』に出てくる衣装に象徴されるようなものだとして、そのフワフワヒラヒラした衣装はそれを着る人の体型だったりしなやかさを覆い隠す。実世界には辛いことも多いので、時としてそういったフワフワヒラヒラで覆い隠すことが必要な場面というものはある。むしろ包み隠して欲しいものばかりだ。しかしこの『"mitsu" meatte』では映像も無いし、そのせいなのか、隠された何かなど無くて実にストレート。会えない2人について歌われていて、それは現在の三密を避ける的な状況に通じる。家族であっても長距離移動を控えて会えないということが一般的だ。この"mitsu"は、見つめあうの"見つ"なのだろうけれど、発音としては三密の"密"にも通じる。恋愛中の2人がずっとしばらく会えないというのが昨今のソーシャルディスタンスと完全にリンクするわけじゃないので、そういう見方は一方的ではあるけれど、現在の方がこの中の世界に感情移入しやすいということはあるだろう。ともかく、会えない期間の女性からの想いが本当にストレートに表現されていてインパクトある。個人的には過去のファンタジーな曲では歌われている世界が、いくつもの層に覆われているからなのか、どうもダイレクトに像として浮かびにくかったのだが、この曲のわかりやすいこと。最初の「コンビニで買った5%のアルコール」という歌詞のリアルさが、リスナーを曲の世界に引きずり込む。だがそういった状況描写は本当に少なくて、主人公の感情表現がすぐに始まって、終始それが最後まで続いていく。わずかな状況描写で引きずり込む力が強くて驚く。この曲はファンタジーであるかどうかという枷をいったん外して自由に感情をぶつけて創った曲なんじゃないだろうか。彼らが取り組んでいるはずのファンタジーバンドというものが悪いわけではないが、それにこだわり過ぎずに自由な表現をすることで、クリエイターの本来持っている能力が花開くこともある好例なのだと思う。

(2020.11.23) (レビュアー:大島栄二)


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review, 大島栄二

Posted by musipl