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さちかぜあきの『ミソラ』【前進することだけにただただ集中しているような潔さと心地良さ】

歌っている姿が心地良いという人は珍しい。そんなこと言われてもどういう状態のことなんだと問われそうなので僕なりに言語化して説明をしてみたい。なにかが乗り移っているというか、取り憑かれているというか、憑依しているというか、表現をするという以外の人間としての存在がどこかに行っているというか、そんな感じ。例えばピアノの発表会を目前に控えた素人がどういう心持ちなのかというと、ちゃんと演奏したい、間違えずに終わりたい。ミスをしないようにしなきゃ。そんな気持ちで一杯なのではないだろうか。要するに、緊張しているのだ。もちろん誰だって緊張するだろう。そんなのは当たり前のことで、それを咎めようとなんて思っていない。だがその緊張が表に現れてくると聴いてる人はしらけてしまう。なぜ「間違えないで終えたい」というものに拍手しなきゃならんのだ。まず感動を与えてくれよ。間違えないでステージを務めることに喝采を送るのは発表する生徒の親くらいのものだ。100歩譲っても、既にファンになってる人だけだ。間違えないことを主眼にしたステージで感動して新たなファンになってもらえると思ってたら大間違いだ。

緊張しててもいいけれど、その緊張がまったく見えないでパフォーマンスできる人というのが稀にいる。とても楽しそうだし、だからこっちまで楽しくなる。そこからさらに1段上がって、憑依したように歌い演奏できるひとは本当に少ない。が、このさちかぜあきのという人のパフォーマンスにはそんな風情がある。同じ風情の人を何人か挙げようと思えば挙げられるけど、それは挙げられる人にもさちかぜさんにも失礼だと思う。「ああ、○○みたいなアーチストね」みたいなことになっちゃうし。そうじゃなくて、この人のMVでもいいから見てみれば、僕がいいたいことは理解できるんじゃないだろうか。

今年に入って『ヒカリ』『うららか』とこの『ミソラ』の3曲をMVとして公開してて、個人的な印象ながら、『ヒカリ』と『うららか』では少しばかりミッドテンポで、それは単に曲調の違いだけなのだろうけれど、どことなく必要以上にていねいに歌って、仕上げようとしている印象があった。それに較べるとこの『ミソラ』ではていねいにといった心構えさえいったん見失って、見失ってという言葉を使うとマイナスイメージに受け取られるかもしれないけれどそうじゃなくて、パフォーマンスの時にパフォームする以外の考えをすべて切り離して曲に没頭する、そのくらいの全身全霊さがこの曲にはある。勢いよく鍵盤を叩く。弾くというより叩く。歩いたり走ったりする時に次にどっちの足を前に出そうなんて考えてないようにただただ身体が動く。前進することだけにただただ集中しているような潔さが、勢いが、この曲には感じられる。それがとても心地良くて、聴いていて見ていて嬉しくなってくる。

(2020.11.26) (レビュアー:大島栄二)


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review, 大島栄二

Posted by musipl