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マハラージャン『いいことがしたい』【妄想を想い描く自由は、誰にだってあるのです】

めっちゃ好き。悪人でもなく、善人でもなく、ただの小市民。いいことがしたいと言っても徹底して、何よりも優先して善行を日々施すとかではなく、気がついた時にちょっとしたいいことをしたいという程度の。忙しくて気がつかない時は別にしなくてもいいのだ。席を譲ってあげた方がいい人が突然目の前に現れた、つまりいいことをするチャンスが向こうから訪れた時にすれば良いという程度の気持ち。で、多分チャンスがやってきてもまだやってないのだ。席を譲ったりはしてなくて、「席を譲ったりしてみたい」だけなのだ。そのいいことをするのはなんとなくの見返りを求めてて、具体的にお礼の品をもらえるとかじゃなく、その善行が偶然人の眼に触れて評判が上がったりして欲しいのだ。まだしてないのに。

でも、普通の人ってそうだよな。できないから、してみたいとか思っちゃう。その善行の結果自分の株が上がって欲しいとは積極的に思う。善行してないから上がる訳ないんだけれど。

この「いいことがしたい」という言葉は曲中で「きみといいことがしたい」とサラリと歌われてて、要するに好きなアノ子といい仲になりたいと思っているわけだが、この主人公はそのための積極的なアプローチもきっとしていない。声を掛けてデートに誘ったり、告白したりはしてないのに「いいことがしたい」とか言ってて、結局それも善行と同じ。意中の女性が向こうから「好きです」とか言ってくることを期待しているんだろうけれど、そんなの無いよ。しかも向こうから告白するためのひとつの要素として、自分の善行が人目に触れて評判が上がることを期待しているんだろうけれど、善行してないんだから、評判上がるわけはないよ。しかしそれでもすべてがうまく回って自分の想い描くような(都合のいい)未来がすぐにやって来ることを人は夢見るもの。そういうのを妄想というんだけど、妄想を想い描く自由は、誰にだってある。そして自由の有る無しに関わらず、人は妄想を想い描いている。それも極々ちっぽけな夢を。そういうの、とても人間的だし、好き。計画を持って努力して「あなたも自分を変えていこう」とかいう怪しげな自己啓発セミナーを開催して儲けていく人よりも、その怪しげな自己啓発セミナーを受講すれば自分もバラ色の未来がつかめるんだと妄想して騙される人の方が、どちらかというと好きだ。もっと言えばその怪しげな自己啓発セミナーにバラ色の妄想を抱いているのに、申し込むことさえできずにいるちっぽけな人にこそ共感を持てるのです。そうじゃないかい。

(2020.11.30) (レビュアー:大島栄二)


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Posted by musipl