<!-- グーグルアナリスティック用のタグ -->

カネコアヤノ『愛のままを』【人が変化するということについて】

この曲攻撃的でめっちゃカッコいい。だが、5年ぶりに見たカネコアヤノはすっかり別人のようだった。別人というのは言い過ぎだな。単に曲調上の違いということだけなのかもしれないから断言するのはどうかという気がするけれど、でもやはり別人のようではあるよ。5年前にレビューした『家族について』ではこの世界を少し距離を置いたところから観察しているフラジャイルな内面を歌っているようだったのに、この曲ではバンドを従えて、この世界のど真ん中で荒波を乗り切っているワイルドさしか見えてこない。まず、目がコワい。コワいというのはちょっと不適切かもしれないけれど、直視したら石にされそうな強さがあるし、それがライブ会場で見てたらステージ上から積極的に見据えてくるような積極性がある。5年前の映像は、客席を視線を合わせないで済むよう顔が上向きになるようなマイクセッティングをしているようでさえあったのに。

人が変わるということは普通のことで、それは普通の人もミュージシャンも同じだが、その変化には大まかに分けて2種類ある。ひとつは、上にいろいろなものを塗り重ねていくことで、素の自分とは違った虚を身に纏うという方法。もうひとつは、生まれながらに持っている殻のようなものを割り、さらには上に重ねているものを剥ぎ取っていくという方法。カネコアヤノの場合はどっちなんだろうか。もちろん2つの方法が同時進行的にとられていくということだってあるのだが、個人的な見解としては、どちらかというと殻を割る変化が7割、上に何かを塗りたくる変化が3割という感じではないだろうか。ソロで歌っている分には等身大でもいいのだけれど、バンドサウンドの中で歌うにはある程度の勢いというものも必要になってくる。その中で、多少無理をするような状況もあるのではなかろうか。見ていて、カネコアヤノのバンドであるにもかかわらずメンバーは自分の表現をどんどん出していて、サポートバンドとかバックバンドという感じではない。まるでバンドメンバーと対決しなければいけないカネコアヤノという風情でちょっと可哀想という気もしないでもないけれど、その対決によって自分の持っている130%くらいを出さなきゃなというところに追い込まれて、結果としてかなり鍛えられているような印象もある。サポートだからと遠慮するバンドメンバーだとそういう成長は望めない。しなくてもいい成長というものもあるし、ぶつかり合いで潰れてしまう可能性だって否定できないので少々リスキーではあるけれど、この組み合わせはカネコアヤノにとって凄くプラスなのではないだろうか。かといって、このメンバーでずっと固定するということは考えにくい。このぶつかり合いの時期を経て、また違う編成になった時に、今のぶつかり合い時期の貴重さが、アーチストパワーという成果として現れてくるんじゃないかなあなどと思う。

(2020.12.21) (レビュアー:大島栄二)


ARTIST INFOMATION →


review, カネコアヤノ, 大島栄二

Posted by musipl