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ピロカルピン『サマーデイ』【聴くたびに一気に気分が数段上がるのは一体どういう訳なんだろう】

ピロカルピンの曲を聴くたびに一気に気分が数段上がるのは一体どういう訳なんだろうと聴くたびに感じてて、今回この曲を聴いてそのことをちゃんと考えてみた。で、到達した結論は、Aメロからすでにサビのようなメロディを持っているからちゃうんかというものだった。実際、Aメロの中に既に3段階の上げメロが含まれてて、それが2回繰り返されている。つまり、Bメロに至る前に6回も上げられているのだ、強制的に。そうはいってもメロディを上げたら、そのままさらに上げるということはできないのであって、だから上がった後で一度下がることは避けられない。というわけでちゃんと一旦下がった上で再度上げていくのだが、その下げるという作業がそんなに気にならないから、ただ上がっていくことだけが認知される。下げていることが気にならないのは、ボーカル松木智恵子の個性的な声質と、低音域を安定的に歌うことができる歌唱力によっている。他のボーカリストが彼らの曲を歌ったら、きっとどうしようもない結果になってしまうのではないだろうか。

そんなことを考えながら、ああ、ピロカルピンの曲はいつになってもピロカルピンだなあと感じて聴き入ってしまう。この曲ではノスタルジーという言葉が何度も繰り返されるが、彼らの曲や存在そのものがノスタルジーだ。MVの中ではタイトルの『サマーデイ』を演出する日本家屋と浴衣ではしゃぐ幼い姉妹の様子が映し出される。お盆の様子なのだろう。そのノスタルジーであるはずの光景とバンドの演奏は別撮りされて交互に配置されているのではなく、日本家屋で演奏している様子とその手前で遊ぶ浴衣の姉妹が同じ時空で並行して展開していく。ノスタルジーを感じるというのは現在と過去が意識の中で交錯するから起こる現象なのだが、まさに今と昔が交錯する構成になっていて、それもノスタルジーを掻き立てているようだ。

(2021.1.16) (レビュアー:大島栄二)


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review, ピロカルピン, 大島栄二

Posted by musipl