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Rei『Lonely Dance Club』【“職人”から“アーチスト”に脱皮するための過程】

先日ReiがNHKの朝の情報番組に出ててビックリした。アーチスト路線的な人だと思ってたから、こんな番組にも出るのかと(あさイチには他にも時々気鋭のニューカマーが出たりするので、そういうのに強いスタッフがいるのでしょう)。番組の中で生演奏を披露してて、ギターの弾き語りと、後半ではドラムのバスドラをキックペダルで叩きながらギター弾き語りという離れ業を見せてて、ああ、これは見た人ビックリしただろうなあ(それにしても一緒に出てたいとうあさこがめっちゃうるさくて、迷惑だなあ、Rei損したなあと思う)。

その直前にも別の最近のMV『Categorizing Me』を見てて、なんとなく、Reiの良さって一体なんだっけと頭を抱えた記憶がある。 4年半ほど前のレビューでは自宅のソファに座ってアコギ弾き語りを披露してて、それがまあカッコいいこと。並外れたカッコよさに思わずレビューもしたしCDを3枚くらい衝動買いしてしまった。それ自体に何の後悔も無いのだけれど、最近のMVを見て、ああ、もはやそれとは違う活動のステージにいるんだなあと感じたのだ。そのステージとは、要するにギターが上手い少女というだけで売っていくのではないフィールドのこと。別の最近のMV『Categorizing Me』ではギターを弾いているシーンはほとんど無いし、昨年春の『What Do You Want?』では彼女のギターが活きるタイプの楽曲なのだけれど、そしてギターを弾いてはいるんだけれど、いかにもギターが上手いということを目立たせるようなMVの作りではなかった。

それは要するに、Reiやそのスタッフは、作品性を前面に出して価値を出していこうとしているのだろう。古い話で恐縮だけれどBOOWYのギターは布袋でカッコいいんだけれど、だからといってバンドの売りがギターの凄さだけではなくて、氷室京介の歌を含めたバンド全体の凄さだったというような感じで、Reiの音楽もトータルのカッコよさを目指しているのだろうし、そうすべきだと部外者の僕もそう思う。

超絶テクのアーチストというと上原ひろみを思い出すのだが、彼女の音楽のジャンルはジャズであり、歌わなくて構わない。それにどんな楽器と一緒に演奏しても、ピアノは常に中央で圧倒的な存在感を示すことのできる楽器だし、そこで超絶テクの演奏を披露すれば、それはたちまち「すげえな」という評価を集めてしまう。Reiのギターはそもそもそれと比較するような楽器ではない。

ギタリストという点で比較するならば、サンボマスターの山口隆などがいいのかもしれない。彼のギターも他の誰にもマネできない凄さと個性を持っているが、その彼にしてもギターだけで勝負するのではなく、彼自身がアクの強い歌唱を披露することをバンドの売りにしてきている。それはそうならざるを得ないのだ。ギターのテクだけで勝ち抜いていけるほど甘くはないのだ。その結果いったんギターを脇に置いてマイクを握り熱唱したり、SOIL&"PIMP"SESSIONSとセッションしたりすることになっているんだろうけれど、このビデオで見る限り、Reiを盛り立てるというよりも、むしろバトルで両者の良いところがぶつかっているような気がする。例えばスカパラも多くのミュージシャンとセッションをしているのだが、そのたびに迎えたゲストミュージシャンが引き立つようにバンド全体でささえている感がある。前述の上原ひろみもスカパラと一緒にセッションをしたことがあり、引き立てるといっても全力でバトルしてるんだけれど、バトルの上で両者が引き立つという、絶妙なセッション。それと比較すると、引き立ちよりもぶつかりの方が強く、人数のぶんだけReiが割を食っているような印象もある。ともあれ、Reiが単なる超絶ギタリストという“職人”から“アーチスト”に脱皮するための過程にあるように感じられる。ここを乗り切ることができるかどうかが避けられないハードルなのだろうし、乗り切った先のアーチストReiの姿を期待しながらもう少し待ちたい。

(2021.1.18) (レビュアー:大島栄二)


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Posted by musipl