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まつうらゆか『23:00ツタヤ』【生活の中で不要不急なことなんて本当にあるんだろうか】

なんかめっちゃリアル。生ぬるい絶望って歌詞が切ない。そこだけ切り取るのは全然ダメで、この私小説のような歌詞全体が切なさマックス。幸せと寂しさと絶望。ああ、都会ってこんなだよなあ、華やかさと明るさとそれ故の絶望。しかし、しかしだ、ツタヤってまだみんな行ってるんだろうか。映画を観る方法ってもうずいぶん前からAmazonプライムやらネトフリやらに移ってて、僕自身ツタヤでDVD借りたのってもう何年前の話だっけというレベル。京都に引越してから一度だけツタヤに行ったけど、会員証の期限が切れてるとかで借りられなくて、再登録すればいいだけだったんだろうけれどそれも面倒臭くて借りるのやめて。それ以来借りてないし、だから京都に引越す前が最後のツタヤで、だからもう10年以上経ってることになる。それでも、街の中にツタヤはやっぱりあるし、Amazonプライムで無料の映画はいいけどレンタルしかない場合はお金払うわけだし、それが48時間以内に観てよねということだったら、しかも400円くらいするんだったら、やっぱりツタヤに行って200円くらいで1週間借りた方がいいんじゃないの、とは思うけれど、もはやリモコンで探してピッとやるスタイルに慣れてしまったら、わざわざツタヤに行ってDVDをレンタルするなんてことはもう出来ません。それでもやっぱりツタヤは街の中にあって、ガラガラという訳じゃなくてそれなりに人はいるし、新作もちゃんと入荷しているわけで、なので、やはり今でもツタヤに行っている人はいると思います。で、ツタヤに行くというのは、ただ単にDVDを借りるということなのではないし、仕事だったり学校からダイレクトに帰宅することに抵抗ある人のささやかな反逆のようなもので、スタバやマクドに行くとわずかでもお金かかるけど、ツタヤなら店内をうろうろするだけならお金かからないし、もしもイイ感じの映画があれば借りればいい。そういうことで文化に触れている的な満足感も味わえる行為なのだと思う。それは本屋に行って棚を眺めるのでも同じことだけれど、本屋が好きな人もいれば、ツタヤが好きな人もいて、23時にはほとんどの本屋が閉店していることを考えると、この曲のタイトルの『23:00ツタヤ』というのは、その時間だけに存在する街の風景として、ああ、あるよなあと思わせる独特の何かだと思います。昨今の緊急事態宣言で、23:00にツタヤは営業しているんだろうか。帰宅前にツタヤにちょっとだけ寄るというのは、不要不急な行為の最たるもののようにも思えるけれど、生活の中でこういうことこそ必要なものであるし、世の中に不要不急なことなんて本当にあるんだろうかとか、思います。

あ、歌はですね、この力が抜けたテイストがとても好き。こんな力が抜けた感じで生きていたら、どんなに絶望していたとしても、こんなんじゃ寂しいなと思ったとしても、きっと毎日同じことを繰り返して、そこから抜け出すことはなかなか難しいんじゃないかなあと思うけど、それはそれで楽しい暮らしなのではという気もする。

(2021.2.2) (レビュアー:大島栄二)


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review, 大島栄二

Posted by musipl