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Port Town FM『ドリンクバー』【ドリンクバーについての曲って過去に聴いたことなかった】

とってもポップ。こういうの聴くとポップって一体なんだったっけという原点に立ち返って考えてみたくなる。牧歌的な雰囲気のメロディにドラムのビートがゆったりと載ってきて、ギターもベースも乱入してくることでバンドサウンドになる。彼らの過去の曲をいくつか聴いてみると、もっとロック色の強いサウンドだし構成なのだけれど、それがひとつひとつ排除されて、肩の力が抜けてここに落ち着いたという印象。楽器のひとつひとつを取り出してみると、結構ロックなプレイも残っている、というよりもけっしてそれを捨てようとはしていない意志が感じられるのだけど、様々な要素の組み合わせの結果、曲やパフォーマンスに自由さが広がって、総合的に見てポップという印象につながっている。ポップというのは音楽の一形態ではあるものの、根底にプレイする側もリスナーもリラックスした心持ちで自由を感じられるというものだったんじゃないかなと、こんな曲を聴くと思えてくるのだ。それはロックに魂とかを感じようとする音楽観と同じフィールドで、ロックとポップの対比を考えると必然的にそうなるように。しかしそんな風にリラックスさせてくれるポップは意外と少ないし、ロックサウンドの要素を多く持ち続けているサウンドならなおさらだ。

それにしてもドリンクバーについての曲って過去に聴いたことなかったような気がする。ドリンクバーって、たくさんドリンクお代わりできるという以外に何か思い浮かべるイメージってあったっけ。そう思いながらいろいろ見ていると、彼らのインスタグラムでこの曲のジャケ写が投稿されていて、それに付いている文章で「朝までサイゼリヤやデニーズで友達と中身のない話をした日々ももうなくなってきた」と書いてあった。ははあ、ドリンクバーというのはファミレスで長居するためのツールだったのか。そのあとに「何年も同じものだけ飲んでいる。友達とも毎回同じような会話する」と書いてあった。毎回おなじ話をするというのは、仲が良くなければ苦痛でしかないと思う。それが出来るから仲がいいのであって、そのくらいの仲良しになると、会うのに理由なんて要らず、会話も本当は必要なく、ただ座ってドリンク飲んでるだけでいいんだし、なんならドリンクも要らないんだけど、ドリンクを飲むという無意味な行為によって、その場所に集まれるのだとしたら、ドリンクバーって青春の重要要素じゃん、と思えてきた。つまり、若者文化を鋭く描写した、すげえ歌だ、これ。

今もまだファミレスでドリンクバーを頼むことはできるけど、8時以降の営業が難しい状況だったり、宣言解除されたとしても不要不急のなんとやらは極力避けてねという雰囲気は日本中に漂っていて、だったら友達と理由なく毎日のように会って同じ時間を過ごすというのも、傍目から見たら不要不急の最たるものにみえるのだろうし、自粛自粛の1番手になってしまうのかもしれない。本当はそういうの、不要でも不急でもないんだけどね。

(2021.2.15) (レビュアー:大島栄二)


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review, 大島栄二

Posted by musipl