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上野優太『SLOW DANCE』【当たり前って一体なんだろう】

心地良い曲。MVを見ているとダンサーの動きに眼が奪われて、歌詞の内容があまり留まらない印象だけれど、スクロールさせて動画の部分を画面から外すと、そこには歌詞が書いてあって、それを眺めながら歌を聴けばまたちがったイメージが沸き起こってくる。

   当たり前の毎日が 気付かないうちにいい時間
   変わらないもの変わるもの 全部あなたとならいい時間

この間まで当たり前だった暮らし方がもはや当たり前ではない、という時代を生きるようになり、当たり前って一体なんだろうということを考えるようになった。今のように感染を恐れる状況は一時的なもので、またコロナなんて知らなかった頃のような暮らしが戻ってくると1年前は思ってたけれど、1年も続くと、もう今がずっと続くのではと思えるようにもなってくる。コロナ後はコロナ前と同じにはなり得ないと力説する人もいるし、コロナなんて恐れるなと言う人もいるし、その様々な様子が既にカオス。正解なんて判らないけれど、それでも毎日を過ごしていかないといけないわけで。だからコロナ前とコロナ後の間の期間を今は生きていると思って暮らしている。この歌もコロナ禍のまっただ中に公開されていて、ということはやはりコロナをまったく無視した作品ではないのだろう。そんな中で、「全部あなたとならいい時間」と歌っている。なるほどな。そりゃあいろいろと制限もあるさ。感染症のことなど考えなかった頃のようには暮らせないけど、それでも、関係のある幾人かの人と過ごせるのなら、それを善しとするべきなのだろうし、実際、家族や友人といったごく僅かの人たちとの交流によって、なんとかかんとか日々をやり過ごすことができているよなと改めて感じたりもする。

もちろん、そんな知人たちとの関係が永遠に続くと保証されているわけなどなくて、ちょっとしたすれ違いや、配慮の足りなさなどによって、人と人の関係はあっという間に崩れ去ってしまうもの。思っても見なかった何かが地雷となって炸裂することももちろんあるけれど、大半の地雷は、当事者自身が設置してしまってることがほとんどで、だから、そういう地雷を設置してしまわないように日々注意していかなければいけないと思う。ちょっとした配慮でコロナを避けることが日々の安全な暮らしを守るのだとしたら、ちょっとした配慮で人間関係を維持していくことは、安心な暮らしを守ることなんじゃないだろうか。このゆったりとしたテンポの曲を聴きながら、そんなことを漠然と考えたりした。

(2021.2.19) (レビュアー:大島栄二)


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review, 大島栄二

Posted by musipl