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門脇更紗『いいやん』【もやもやとした「正しさ」から外れることを赦すことが大切】

終始「ダメ」な行ないを具体的に綴って、「いいやん」と赦し続ける。生きるって大変だなと改めて思わされる。ここで歌われているような本音を言葉にして吐き出さず、もやもやとさせた状態で心に溜め込んでしまうと心身を壊してしまうし、そういう人が昨今はどんどん増えている。どんどん増えるのは、世の中に「正しい」とされているルールというか規範といったものが、これももやもやとした状態で横たわっているからだ。ある程度強い立場と強いメンタルで「だってこれが正しいことだろ」と信じきって、他人にも押し付けようとする人もいるけれど、ほとんどの場合自分自身がそういう「正しさ」を信じているのだし、信じているから自分自身に押し付けてしまっているのだ。しかし、ひとたび「なんでそうしなきゃいけないの?」と考えてみると、その「正しさ」の根拠などそもそも存在しないか、あったとしてもきわめて根拠の薄いことでしかないことが多い。「正しさ」を他人に押し付けてくる人であっても、「なんでそれが本当に正しいと言えるの? 具体的な根拠を言ってくれる?」と突きつけられれば、しどろもどろで答えられなくなるケースが多い。

だから、しんどい時は自分自身にもやもやとした「正しさ」から外れることを赦すことが大切だし、そうできる根拠として、第三者がそれを「いいやん」と赦し続けることには大きな意味がある。最近話題になっている『うっせぇわ』という曲も「正しさ」に反発することを肯定する曲だと思うが、あの曲にある攻撃的な姿勢が、個人的にはあまり馴染まない。「正しさ」を押し付けてくる人に対して反撃するのはそれなりにエネルギー要るし、そのエネルギーを持ってる人は、「正しさ」の押し付けに対してそんなにメンタルを痛めないのではないかなあと思うからだ。その点この『いいやん』は、押し付けてくる人たちに対して「そうですね、そうですね」とその場でエネルギーを使わずにやりすごし、休日にダラダラすることでなんとか回復をはかろうとする。そんな感じで問題と対峙することを避けてたら、結局はいつかメンタルをやられちゃうんじゃないのかという危惧はつきまとうのだけど。

『いいやん』にしても、『うっせえわ』にしても、そういった曲が生まれて、多くの支持を集めるというところに現代の闇を感じてしまう。それだけ生きづらさを感じている人は多いのだろう。そういう人の心のフタを取れるのなら、攻撃的に反発するような曲にも意味があるし、押しつけをサラリとかわしていくような曲にも意味があって、その時々の自分の状況に応じて曲を利用して、少しでも楽に生きられる道を探せれば、見つかればと思う。

(2021.2.22) (レビュアー:大島栄二)


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review, 大島栄二

Posted by musipl