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cakess『try try try』【自分のフィーリングで「イイな」と感じる、空気みたいなジワリ】

ジワリとくる。なんということもない曲だし、熱唱そのもので圧倒するという類いでもない。いってみればそこにただあるだけの存在みたいな曲であり歌である。それなのに、ジワリとくる。YouTubeの説明部分によると2019/5/31にリリースした『薄々自分は社会不適合だと気づいている』という1st EPからのMVらしい。2019年前半にリリースした曲を2020年の終わりにMVとして公開するスローモーさはちょっとどうかと思うし、そういうタイミングでの公開だからか、そもそも音楽活動のプロモーションには力を入れないからなのか、数ヶ月経って再生回数は716回と非常に少ない。昨今はまったく名前も知らないバンドやボカロのMVが100万回再生とか普通にあって、それは以前に比べてCDなどを聴かず、月額制のストリーミングサービスに金払うこともせず、YouTubeで曲を聴いている人が増えたからだろうとか、全体のパイが10倍になればかつて10万再生の動画も10倍見られることになるのは当たり前だよねとか、そんな風に思うこともあるけれど、こうして700回程度の再生動画を見ると、ああ、なんにもしなければ万なんてのはありえないことなんだなあと確認できる。

問題は、再生数にどのくらいの意味があるのかということで、どうしても再生数を上げたければ広告費を使って自動的にオススメ動画として表示してもらえば良い。実際にそうやって再生数を増やしている動画は多く、だってそうでしょう、チャンネル登録数が3ケタで100万回の再生とか、そういうテコ入れがなければ無理なわけで。もちろん聴いてもらえなければ音楽は存在していることにすらならず、だから聴いてもらうための努力をするのは必要なことだけれど、だからといって今の時点で再生数が少ない音楽に価値がないというわけではない。<聴かれていない=存在していない>という図式は成立するけれど、<再生数が少ない=価値がない>は成立しないのだ。

実際、このcakessというバンドの曲は存在感はうすいのだけれど、聴けばジワリとくるわけで、それは例えば季節が変わったことを知らせてくれる空気のようなものだと思う。忙しく暮らしていると気付くこともないけれど、ちょっとだけ空いた時間ができて外を散歩してみると、ちょっと前には見なかった花が咲いていることに気付き、そういえばもう手袋は要らないよなと感じる。その時の少しだけ暖かい空気と、この曲は似ている。テレビの天気予報で「明日は気温が上がります」といってるから明日は手袋はしないでおこうと思うのは、再生回数が多いMVだからきっと良いに違いないと思い込むようなもので、そうではなく、聴いて自分のフィーリングで「イイな」と感じることができれば、この曲ではなくとも、それが自分にとっての空気みたいなジワリなんじゃないだろうか。

(2021.3.1) (レビュアー:大島栄二)


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review, 大島栄二

Posted by musipl