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Akira Kosemura
『虹の彼方』

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 年の瀬の京都の街並はアジア系を筆頭にした異国の方々と、元気な女性、老人の姿が目立った。いや、年の瀬に限らず、年中、そういう風にもうなっているかもしれないともいえ、老舗、伝統の看板の下でTAX FREEを掲げていることなどデフォルトで、他の地域より観光戦略の巧みな京都の磁力もあるとは思っていても、その街並で偶さか居合わせられない、見ない、または見ることができない人も多い訳で、そういう人たちはどうしているのだろうかと推察とすると、それほどいい展望は持てないのは正直なところになっている。便りなき不在は、今はあまり良い報せを及ぼさないことが増えた。でも、駅、繁華街、メインストリートを過ぎて、一歩、露地に入れば、まだまだ銭湯の文化や昔ながらの豆腐店、喫茶店などがしっかりとあり、そういうところで様々な人と出会えるのも京都の良さだと思う。情報誌や口コミだけでは届かない場所ゆえの迷い込む「良さ」と似て。

 空疎な美辞麗句が遍く通じないのは十二分に理解しながら、虹の彼方を考える機会があり、何故ならば、どんなところでも空の移ろいや自然現象にはふと心を奪われたりするからで、という平易な意味性の裏で、ジェンダー、言語、宗教、民族差、季節等を過ぎてくる層位と、ジュディ・ガーランド歌唱のあの名曲のロマンティシズムを引き継ぐという感覚ではなく、加工や精緻な編集、美意識込みの現実の瞬間を「間」を切り取った写像が想像力を働かせる意味のなかに虹が視えるような、抽象的な想いが重なってきた分だけの余白を鑑みてのことが大きい。

 歴史的な画像、世界の絶景、ありとあらゆるといっていいものが今はアクセスしやすくなった分だけ、その後ろ側に在るものが見え難くなりながら、ダイレクトに響くというのもあるといえるだろうし、例えば、アレッポの壮絶な写真、映像群を見て、日本の日常生活の中でふと落ち込む人が居るのはやはりそうなる理由はわからなくない。個々の感性のアンテナ、ナイーヴや繊細さで片付けられるには過酷な世になってきているのも確かだとも。

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 Akira Kosemuraの今の八面六臂のペースと作品、活動を知らないのは勿体ない。以前にもここで紹介したのがほぼ三年前になるが、現在進行形で進めていたもの含めて、昨年、2016年は五年振りのフルアルバム、完全即興のピアノソロ作品、EPリリースから、新たなプロジェクトとしてフォトグラファーの新田君彦氏と音楽と映像のプロジェクト『Spread The Branches』を始めるなど多くの音を伴った情景を届けてくれた。特に、五年振りの六枚目となるアルバム『MOMENTARY: Memories of the Beginning』は渾身の内容だった。説明書きの一部を孫引くと、“アニマ・アニムスにみられるような、人間の根源的且つ無意識化において繋がっている理想像への憧れ。”という冒頭の言がまず意趣深い。心理学者のユングの用語で、男女の相互関係性の原理を巡るファンタジーとロゴスを巡るもので、多くのゲスト・ボーカリストを招き、構築されたアルバムの音楽をそもそも、“音楽”と名付けるのが相応しいのかも不明瞭になってくる。その中でも、映像美と透徹なlasahのボーカルが映えるこの曲がこれからの光を、そして、虹の彼方の平易な具象性を安易な言葉で完結させず、目的までのショートカットを急がせず、ふと迷い込んだ深層心理の露地を照らすような気がする。

 必ずしもいつもメインストリートを歩く必要はなく、それを何でも一色多に括ろうとするのではなく、そこから外れた場にファンタジーの萌芽が見え出し、受け止めた人たちはこの現代における虹の彼方へと想像力を育んでいけるのでは、と。
(2016.1.9) (レビュアー:松浦 達(まつうら さとる))
 


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