ippuku『ヨルノセイ』 Next Plus Song陸上自衛隊中部方面音楽隊『紅蓮の弓矢』

Gotch
『Taxi Driver』

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 “ミスティフィカシオン”という概念を考えてみると、今は誰もが「自分のこと?」と妄執し、深い擬態した自己の中を生きているといえる。それは必要じゃないのに、ついでに買ってしまう何かで世はまわっている原理原則はどうでもいいとして、ニーズとして渇望していた何かは予め掘り下げられたウォンツで棚に並べられている。そこをクリックするかしないかだけで、あとはカートからそのまま電子マネーで華麗にウォークスルーしてWi-Fiが自由をしっかり縛ってくれる。炎上するのはもう広場の大とんどくらいでよく。「私的に」、「個人的に」なんて前口上は落語の枕みたいに気分のように蒸化されて問題ない。峻厳な顔相で世を憂うならば、傘を捨てて青い空に撃たれてみたら晴れる感情の糊しろはある。それなりの公園でブランコに揺れて、サンドウィッチを齧って、薄荷飴を溶かせば、向こう岸の憂事も晴れると思うようにして、生き延びよう。生き延びたなら、好きな人の手を握ればいい。体温を感じて繋ぎあってもつれてしまえばいい、丸っと。

              ***

 鋭利なチップ・ビートと、日本語詩の機微がシビアに軽やかに踊っていて、これくらいのテンポと軋みがいい。レコードで聴くともっと良さそうだが、こういった音楽が呈示される今に追いつく現実はどれだけあるのだろうか。針を落としてのしばらくの溝をガリガリと削る音、導火線のような緩やかな不穏な気配。ただいつかのダブステップがあちこちのクラブ・フロアを跫音させていた頃、夜のストリートは優しかった。フードを深くかぶった若いアウトサイダーと話す密やかな些事、それも低温火傷して、もう次に会えることはなかったりする。EDMの享楽性とBPMの速さに追いつかない底上げされた鼓動にこそ深く鳴るようにサバイバーのためのトラヴィス(・ビックル)が運転するタクシーへとタイムスリップするような暗渠の中での逆転喜劇みたく、彼の高い声が時間を停める3分過ぎで宵越える。

 せめての悲愴たる「沈黙」より花束を、花束で足りないなら、生存者たちの為の遍く土曜日のシェルターのための祝歌を紡ぎ届けようとする彼の意思はいかんせん無邪気過ぎるが、悪くないと思う。深層意識下のここではないどこか、で踊り明かして、次の光まで俟つことができれば、トラップになる。

 それなら丸っと 僕らの肩に積み込んでしまって 歩き出そうよ
             (「Taxi Driver」)
(2017.5.20) (レビュアー:松浦 達(まつうら さとる))
 


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