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湯木慧
『バースデイ』

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 静かにそして奥底から小さく響くような佳曲。整っていると思う。個性的で整っている。なんでこんなに整っているんだろうと思う。不思議に思う。白い皿に載せられた料理を食べる人。いろいろなものが供され、それをひたすら食べる。周囲にはいろいろな人がいて、家族のような、そうでもないような人たちがいて、その中でひとり座っている。人はひとりではなく、しかし突き詰めていけばひとり。その生育環境はみんな違うし、標準的と一般に思われるルートで育っても、ひとりひとり違う。家から出たらよく見えたくて、見られたくて。だから取り繕う。その結果整って見える。それがアートというのなら、アートっていったい何なんだろうか。内面の魂のようなドロドロとしたよくわからないものをこそ表現するのがアートなんじゃないのか。そんなことを考えながら、この動画を見ていた。
 湯木慧という人のことはよく知らなくて、でもどうやら人気者らしい。公開から1ヶ月も経たないうちに11万回以上の再生数。動画の横にはチャットのリプレイが表示されてて、どうやらMV公開イベント的な公開の仕方だったようだ。そんなに人気者なのか。そう思って、過去の動画など見てみる。公式HPのプロフィールには「作詞作曲/弾き語り/絵/DTM/動画/空間装飾」と書いてあって、いったい何をやりたい人なのかがよくわからず、でも音楽でメジャーデビューしてるわけで、MVの動画が結構人気で、でも絵とか空間装飾とか書いてあって、よくわからない。
 そうやっていろいろ見ていると、4年くらい前のライブ動画が出てきた。自分のチャンネルで公開していない動画だから消せないのだろう。そこにリンクされてたTwitterアカウントには「ID変わりました。」と書いてあって、過去を非公開にしたいという意思が感じられる。だけど他人のチャンネルで公開されている過去ライブ動画は非公開にしにくくて、今も見ることができる。消したいのだろうけれど。
 しかしそこに映っている湯木慧の弾き語りはカッコいいぞ。着飾ることなく、パーカーを着ただけで大きなギターを抱えて歌っている。歌も取り繕うことなどまったくなく熱唱している。絶唱している。昨今はギターを抱えた女性シンガーもたくさんいて、実際にライブハウスでもライブ動画でもよく見るのだけど、このくらいに内面を全部さらけ出すような歌を歌っている人は本当に少ない。だからもうそのままで良いんじゃないかという気もするけれど、それだけでメジャーで勝負できるわけではなく、その時点では粗削りというべきパフォーマンスを披露していた。
 人は成長する過程で、いろいろな面を見せては、また見せなくなって、見せなくなったら別の何かを見せるようになる。それが取り繕ったという言葉で表現されるべきなのか、それは適切ではないのか。湯木慧という人がかつて見せていた粗削りな歌。それが認められて、別の環境が提供されて、そこの中に入っていく以上粗削りのままとは違った進化が要求されて、そしておそらく自分自身がそういう変化を欲して。
 彼女の書く歌詞はどことなく不安定な心情を常に纏っていて、そこが他のアーチストたちとは違う彼女の個性であり魅力で。それらに較べるとこの曲は全編を希望と意志が覆っている。根底には世界の不正直を感じさせるものの、それに負けない強さへの希求が前に出ている。メジャーというまだ見ぬ世界に飛び込むということは、ある意味母体からこの世に生まれ出ることに似た変化だろう。そのタイミングでリリースされるこの曲は、まさに彼女にとっての新たな「バースデイ」にふさわしいものなのかもしれない。
(2019.6.19) (レビュアー:大島栄二)
 


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