音楽を楽しむ能力

           音楽を楽しむために必要なスキルを身に付ける方法ときっかけ  文=大島栄二

 音楽を楽しむというのは、実はとても能力の要ることだ。能力が無ければ音楽を楽しむことは出来ない。そのスキルを人はどこで獲得するのだろうか。

個人的な音楽との出会い体験

 僕が中学生の頃、音楽の授業でときどき「好きなレコードを持ってきて1曲ずつ聴こう」というプログラムがあって、クラスメイトたちが様々な1枚を持ってきたのを思い出す。当時僕は自分のプレイヤーを持ってなくて、だからレコードを買うという体験も無く、レコード店に行って好きな音楽を選ぶなんてことがどうやったら出来るのかと不思議でならなかった。クラスメイトが持ち寄る曲はどれも良くて、知ってるものもあり、知らないのもあり。知っている曲であってもそれをレコード店で選んで買ってきてるだけで尊敬のまなざしだったが、素敵な知らない曲を持ってきている友人などはもう一種の神だった。スゴイと。

 だが高校に入り自分のステレオを持つようになると、レコード店の仕組みも判るようになる。最初はバグルスの『ラジオスターの悲劇』を買った。ビートルズなども買った。デビューしたての聖子ちゃんも買った。それが好きだから買ったというより、買って繰り返し聴くことで徐々に好きになっていったという気がする。そうやって僕の音楽嗜好はベースが作られていったように、今になって思う。

バグルス『ラジオスターの悲劇』 松田聖子『裸足の季節』


音楽を楽しむ能力を身に付けるということ

 音楽を楽しむ能力というのは、なにも特別なことではない。イチローの野球センスほどのレベルが要求されるのではない。だが、やはり素振りくらい繰り返す必要はあるだろう。まったく体験経験のないところに音が羅列されても、それはとても楽しめるものではない。赤子に世界の珍味を与えるようなものだ。味覚芽が発達していないと繊細な味は判らない。区別がつかないのだ。インスタントな化学調味料に慣らされていては、どんな味も化学調味料的なものでしか感じ取れなくなる。いろいろな音を聴くことで、その音がどう個性的なのか、どう素晴らしいのか、あるいはどう凡庸なのかという違いが判るようになる。そうなると、音楽はますます楽しいものになっていく。

 その端緒は何か。様々な音楽と出会うきっかけはどこにあるのか。昔ならば音楽番組だ。テレビの音楽番組にヒットソングがあふれていた。そこに飽きた人はFMラジオに向かった。そのいずれも現在は機能せず、音楽の情報はほとんどがネットに存在する時代。ネットのおかげでこれまでテレビやラジオに取り上げられない音楽にも接する可能性を得た。だがネットの情報からどうやって人は音楽をピックすればいいのだろうか。ピックした音楽で、楽しむ能力を磨くことが出来るのだろうか。そのヒントは、食べログにあるんじゃないかと僕は考える。


現代における未知との出会い〜食べログの場合〜

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