正山陽子 インタビュー

『子猫のように歌う人』

    〜私の音楽はジャズよりもむしろJ-POP〜  (取材:文=大島栄二)

歌を始めるきっかけ 〜歌でなくとも構わなかった〜

大島:元々、正山さんが音楽で生きていこうと思ったきっかけは?

正山:よく「歌が好きなんですね」と言われたりするんですが、そんなことはないですね。歌わなくてもすごいギターが弾けるならギタリストでもいいんです。でもギターを弾いてもうまく出来ないし、3歳からピアノやってたんですが先生との相性が悪くてイマイチ楽しめなかった。基本的には表現したいものがあって、それをいかに表現するのかというのが大事で、小さい頃はずっと小説を書いてたんです。長編を、中学校の時点で3000枚くらい書いていて。しかしどうも自分に合わない気がしまして。それで高校三年生で小説を書くのは辞めて。
 大学に入ってからさてどうやって表現しようかなと。ピアノもやっていたし音楽はどうかなと。サークルに入って音楽やってみたらと言われて、クラシックはすっかり嫌いだったけどポップスならいいかなと。それで入ってみてピアノをやりたいといったら、「ピアノはたくさんいるからもう要らない、でもボーカルが足りないので歌わないか」と。「ええ、歌?」「歌えるでしょう、ビートルズくらい」「でも私は女だからジョンにもポールにもなれないですよ」と。でもその人たちはボーカルがいればなにかのコンテストに出られるということで、頼むから入ってくれと。それで歌ってみたんです。歌い始めたのはそういうきっかけだったんです。

大島:サークルで渋々歌い始めた人が歌を本業にしていったというのは興味深いですね。その後今にいたる過程はどうだったんですか?

正山:ソロの前にやっていたBardSyrupというバンドはコンセプトが非常にハッキリしていて、ブラックミュージックのリズムを追求し、ブラジルミュージック的なテンションコードを取り入れて、テンションの響きの面白さを組み合わせる。歌詞の方も吟遊詩人のような言葉がブラジルミュージックの中に溶け込んだ時にいかに表現出来るのかということを常に挑戦し続けてきたんですね。
 ギターのきっかわくんがブラジルのカエターノ・ヴェローゾさんに心酔していまして、ブラジル音楽的なアプローチから曲を作る。そこにブラックミュージックのリズムを乗せて、日本語の歌詞を付ける。そういうのがあまりに斬新で独特過ぎて、カテゴライズするのさえ難しかった。マニアックな人には面白いと言われるんだけれども、普通のリスナーからは「難しくてインテリなことをしているけれども解らない」と言われ寂しくなってしまって。やりたいことはそこでやりきったし、そこで一回リセットして、言葉を大事にする方法で自分のルーツにあるものを出していこうとソロになりました。そして今があるんです。

 

カエターノ・ヴェローゾ


音楽を「楽しいな」と感じてもらいたい

大島:正山さんはどういう人に自分の音楽を届けたいと思ってますか?

正山:私のライブには、20代の方から70代の方までと幅広い方がいらっしゃいます。昭和歌謡の匂いがするというのもありますが、どうやらメロディが残るので年配の方にも聴きやすいようですね。仕事が忙しくなって音楽を聴く機会が減ってしまっているような方が、ふと音楽を聴いたときに「楽しいな」と感じてもらいたいんです。そうなると年齢的にも30代40代からもっと上ですね。10代の方に無理に聴いてもらおうとは思わないです。ジャズクラブみたいな肩肘張った感じとは違う会場で歌ってますので、気軽に楽しみたいというお客さんにもっと聴いてもらえればいいですね。

大島:ラジオやwebで正山さんの音楽に初めて触れて興味を持った人たちに向けて、こういうところが自分の歌の聴きどころだとか、楽しんで欲しいポイントだというようなメッセージはありますか。

正山:日本語の歌詞の楽しさ、語感の良さというのを大切にしているので、日本人としての感性を大事にして聴いてもらえればなあと思います。一緒に声を出して歌ってもらえるとなお嬉しいですね。高い声は私も出せるんですけれど、そういうの好きじゃなくて。みんなが聴いて心にジーンとくるような音域の声が一番だと思ってるんです。だから日本語の歌詞でぬくもりのある音、こういう音楽もあるんだと思ってもらえればいいですね、打込みが主流になっている昨今ですが、今回のアルバムで私はアナログな音にこだわって作ってますので、ウッドベースの音とか、そういう暖かい音、ぬくもりのある音、心臓の音に近い音域の音を楽しんでもらえたらと思います。私の歌だけ聴いて欲しいというのではなくて。

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 インタビュー後、チルコロ京都のライブ会場に伺った。比較的小さなスペースで、日曜の昼間というタイミングに外光も入り込み、子ども連れのお客さんも数組いて、ライブ会場という雰囲気がほとんどしない。そのスペースの一角に彼女は現れ、歌にトークにと約1時間半のステージで客席を魅了した。
 ライブを観てまず感じたのは、YouTube動画とはまったく違ったリラックス感。パンチがあるという印象はほとんど無く、むしろやわらか。剛というより柔。なにより笑顔が絶えない。だから聴いてても朗らかな気分になるし、ライブが楽しい。

 正山さんのやわらかな歌う姿は何かに似てると思いながら観ていたが、それはネコだと理解した。愛らしい小顔がネコの骨格を思い起こさせるし、歌によって表情を変えていくさまもネコの気まぐれさを思わせる。ただ歌を歌って聴かせるだけというのではなく、全身をつかってその場にいる人を楽しませようとする。インタビューの中で「表現がしたいんです。別に歌じゃなくてもいいんです」と言っていたのはこういうことだったのかとも感じた。ネットの動画だけでわかった気になるのは愚かなことだなと、解ってはいたもののあらためて思い知る、そんな正山さんのライブだった。必見。


(2014年5月18日)

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インタビュアー:大島栄二
インディーズレーベル、キラキラレコードのプロデューサー。ビクターレコードインビテーションレーベルに勤務の後1992年に独立。以来音楽の裾野を広げるべく活動中。ひとつのジャンルに偏らない音楽観で様々なアーチストを世に送り出している。
2013年にmusipl.comを立ち上げる。
 


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