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コーネリアス『Mellow Waves』

〜ライヴで再写される高度なサイケデリア〜 文=松浦 達

3)完全な忘失までの、あなたがいるなら

 ワンマン・ライヴでのコーネリアスも久しぶりなようでそんな気もしないのは、フェスやイベントで彼はよく出ていたからで、コーネリアス名義ではなくても、小山田氏の姿はあちこちで観ることができた。それでも、アルバム・リリース・ツアーとなると、意味合いや全体の構図が変わってくる。1,000人ほどのキャパでソールドアウトでも、その日の天候の影響か、程よい場で観られる感じで、ずっと開演前からどこかセクシュアルな神秘的な映像が揺れていた。

 始まりを前に、「あなたがいるなら」の例の音像が少しの間だけ響けば、幕が取れて「いつか/どこか」のイントロとともにMCもない本編は鮮やかに。ステージ背後の映像、ライティングは今までどおり流石ながら、『Mellow Waves』を軸にするというよりも、『Fantasma』 以降のコーネリアスをアップデイトし、総括し、ラウドに昇華するというようなステージで、何度も観た曲でもインプロやアドリブが効いていて、今の温度で楽しめた。例えば、前半の「Point Of View Point」での不失者的観点の映像を演奏でより引き攣りをもたらせていた。熟練したメンバー、堀江博久氏、大野由美子氏、あらきゆうこ氏とのアンサンブルも妙技で、高度ながら突き放さない温度感も今回のライヴには充溢していたと思う。黙って息を飲んで観るオーディエンスの集態というより、個々に楽しんでいる様子もあり。

 

「Point Of View Point」

 

 定番ともいえるが、「Wataridori」でのミニマルな反復の心地良さにはクラウトロックの影を深く感じ、私的に今年亡くなったホルガー・シューカイのあの“間”を想い出して感極まってもしまった。そして、「Surfing On Mellow Wave Pt.2」では照明と畳みかけるギターのノイズでサイケデリックに光の中にぼんやり「夢の奥で」の一部分も浮かび上がらせながら、マイブラなユーフォリアに溶けていき、やはりロックなひずみに回帰する。うたものとしても小気味よく歌詞が滋味深い「夢の中で」も映像における最後のベッドに一人眠る様までも淡々と、ときにライヴにおけるズレを許しながら心地好かった。ファンクな「Beep It」にも身体が自然と反応し軽く肩をゆらしながら、散々話題になったが、極北なラブソングなようで、この音、この詩、この声でないと届かない切なさ、慕情とともに、あの例のリズムと静けさの中にトレモロが活きる「あなたがいるなら」は作品で聴くよりずっと胸に迫ってきた。

  あなたがいるなら
  この世はまだマシだな

         ***

 訳あって、短い時間のあいだに、宇宙船のようなカプセル・ホテルと、旧態化したリゾート・ホテル、瓦解間近の既存システムと、実貨幣を用いずとも電子化で通る交通網、天災で呆気なく終わる伝統や繋がり、多くの“もしも”がリアルに国境も民族も違う多様な人たちを結い合わせ、便利で快適な瀬に手軽なコミュニケーションの身振りが増えるのを体感、通過して、ライヴのみならず、フェスも一般化し身近になり、その中でも差別化が激しくなってきているのは言わずもがなで、ハレがあれば、ケは徐々に重力を見失いがちになる。何故ならば、ケが切迫して異常ともいえる状況があるからで、そこでハレをSNSなどでシェアするには限界も出てくるほどに追い越してゆくハレとケではない生々しい現実がすぐ目の前に転がっている。

 AIで制御されたスーパーは便利だけど少し怖いと思ったり、安くて便利なLCCが乱気流に巻き込まれたらどこか諦めてしまったり、公共の場での多種多様な暴力に慣れてしまったり、愚鈍になったり、と、どこか機能不全を起こしている境界線沿いにコーネリアスの今回のライヴはとても優しかったと思う。初めて生で聴けた「未来の人へ」があらゆる面で素晴らしかったというのを最後に記しつつ、どうか「不在」であったとしても、平穏にメロウな鼓動があなたにありますように。




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