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鶯籠『若者のすべて』
【友達はいらないよ、というもうひとつの価値観】

友達はいらない/ここで独りでいい。そんな歌詞で終わるこの歌。沁みる。友達はいらないのか。いらないのか、友達が。

   友達はいらないよ 独りでいい 独りでいいけど
   でもたまに側にいて 笑っていて 声をかけてみて
   友達じゃないけれど 友達よりもずっと大事かも

曲の中盤ではこんな歌詞が並んでいる。たまに側にいて声をかけてくれる。それは友達ではないのか。友達じゃない誰が声をかけてくれるのか。わからない。僕の感覚ではよくわからない。

だが、よく考えてみると、これは鶯籠というアイドルグループの曲だ。アイドルグループなのか? その辺はよくわからない。だけれども動画に映る5人はどうみてもアイドルグループのようだ。MV中でほとんど笑顔を見せないけれど、移動中の不機嫌というか無表情の5人。車で、電車で、どこに行くのか。どこに行かされるのか。移動しながら、疲れて、表情も消え。向かった先のステージではどんな顔を見せるのか。

そんな彼女たちは、忙しくなれば学校に行くこともできなくなるだろう。会うのはメンバーとスタッフと観客と。「普通」の青春とはまったく違った日常。そんな中で友達ができるのかというと、それはあまり期待できないのかもしれない。彼女たちにとってメンバー同士は友達ではなくとも、友達よりもずっと大事な存在なのかもしれない。彼女たちのファンにとっては、彼女たちはもちろん友達にはなり得ないけれども、やはり友達よりも大切な存在かもしれないし。

では翻って「普通」の青春では、友達は強制的に組み込まれた教室のクラスメートから始まる。運良く気が合って友達になれればいいけれど、クラスの誰とも友達になれなかった人も多いだろう。自分が今友達だと思ってる相手が本当の意味での友達なのかもよくわからず。だからそれはアイドルグループという特殊な状況の中でだけ生まれる友達観ではなくて、誰もに起こり得る、友達と呼べる人がいない状態のことを歌っている歌なのかもしれない。友達がいる人には「友達はいらないよ」という価値観が理解し難い。だが、理解し難いというのが多数だとして常識になってしまったら、友達がいないというのが悪ということになりかねない。だが友達ができるというのは自分だけの努力で達成できることではない。だから、若者すべてにこの「友達はいらないよ」という価値観があるのだと、それでもいいのだという新たな常識が広まれば、救いになるかもしれないと思う。そして友達を作らねばという強迫観念に追われて作ったとりあえずの友達に囲まれている若者にとっても、ポジティブな新たな孤独という状況もありなんだという考えが生まれてくるかもしれない。それによってたとえ一旦友達がいなくなっても、それこそが本当の友達を探す旅のスタートになれるように思う。新たな友達を探すスタートに。

(2019.10.21) (レビュアー:大島栄二)


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review, 大島栄二

Posted by musipl