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奮酉『なつかしき青春』【ただ者じゃないベースレス2ピースバンドの青春まっただ中】

なつかしき青春っていうタイトルを見ると、じゃあ青春っていつまでのことなんだと意地悪な人はまず思っちゃう。この曲に散りばめられた言葉たちをひとつひとつ見ていると、どこまでも行けそうな気がするとか、無限大想像どくんどくん向かっていけとか、とにかくポジティブな言葉が並んでいて聴いていて心地良い。だが間奏前で「〜気がした」と過去形になる。間奏後には「聞こえなくなってしまった」と衝撃的な現実に気づく。その時に青春は過去のものになったのだろうか。「いつまでもこのままの気がした」のはもう過去のこと。青春が本当に輝かしくて素晴らしいとばかり高評価するのはどうなのかとは思うが、では青春が終わったと感じる哀しみはよくわかる。彼女たちが抱く青春のイメージがかなりプラスなものであることはハッキリしているし、それに青春という言葉を当てはめるかどうかはともかく、その「青春」的なものは誰にとっても有り得べき希望そのものなのだろうし、そういう青春は、きっと年齢的体力的財産的な基準での絶対的な終わりなど存在しないのだと思うし思いたい。この歌でも最後にはそう断言してくれていて心強い気分になる。奮酉というツーピースバンドは、ギターとドラムというユニットで、このMVのようにレコーディングする場合にはサポートベーシストを入れて音の厚みを求めたがるものだが、曲を聴いてみれば一発で判るが、そこにベースの音など存在しない。この潔さ。潔さと無謀さは青春に特有の若さでもあるのだが、その無謀さ潔さが彼女たちのサウンドに特徴と色を与えている。しかもただベースレスという言葉だけの特徴でサウンド的に物足りなさが残っているのであれば結局失敗ということになってしまうだけだが、このベースレスのくせに厚い音は一体なんだ。通常のドラムのパターンとは少々異なる、終始すべての拍にバスドラを鳴らしていることがベースレスのサウンドに低音を存在させていて、この青春まっただ中ガールズバンドはただ者ではないなと思う。ま、普通に聴いてればベースがどうとかドラムがどうとかいうのは関係なく、単純に素敵なロックサウンドだと感じるし、感じれば良いだけのことなんだけれども。

(2018.3.26) (レビュアー:大島栄二)


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review, 大島栄二

Posted by musipl