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春がふる『わたし』
【淡々とループする曲に、真の自由さを見せつけられて圧倒された】

ずーっとループするような曲だ。いつサビになるのかと思っていたら裏切られる。いや、ちょっとずつ違うのでそれがサビかもしれないとか思ったりもするけど、そういうことを思うこと自体がダメなんじゃないかと思わされる。これを演奏している彼らはどんな気持ちなんだろうか。淡々とし過ぎじゃないかとか思うのは、リスナーとしては自由なんだが、そんな思いに沿わずに淡々とやることは、アーチストのやはり自由なんだなあと感じてしまう。感じてしまうというのは、最初に「?」と思って、その時点では「?」と思う自分が絶対に正しいというスタンスなのだが、どれだけ聴いても展開しないことで自信が揺らいで、1曲が終わる頃にはもしかしたら自分が間違っているのではないかと、当初の気持ちが揺らいで、ああ、このアーチストは自由にやってるんだなあと、ある意味圧倒されているということだ。そう、このアーチストには、この曲には圧倒する力がある。サビなどという、売れ線的な展開などという、そんなものにはまったく見向きもしないスタンスの確固さ。それは売れ線に背を向けるというような反作用的な動きなどでなく、自由にやってたらそうなったというような、純粋なピュアな、それ故の力強さ。人がやらないことを狙って隘路に入る人の表現というのはすぐに判る。それとは違った自由さ。それを感じたのだった。

(2018.1.25) (レビュアー:大島栄二)


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review, 大島栄二, 春がふる

Posted by musipl