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さめざめ『私じゃなくてもいいから』【普通のボーカリストが勝負しなさそうなAメロBメロ的な部分でも魅力を撒き散らしている】

この人の声好き。低音がデフォな感じの、かといって高音を無視しているとか避けているとかじゃなくて、ファルセットだったりしつつも魅力的な声質を披露している。こういうボーカリストは、シャウトしないで高音域で魅力を発揮できるボーカリストは、少なくて貴重だし、他にあんまりいないから目立つ。

そんなことを、昨年末の紅白を観ながら考えていた。人は歳をとるとともに高音が出にくくなる。ある程度の歳になったら老眼になるのと同じだし、どんなにセンスと才能があっても筋肉の衰えに伴ってイチローだって引退に追い込まれるのと同じことだ。それが悪いのではないけれど、人はいつまでも若い頃と同じ歌唱を求めようとする。昭和平成令和と同じ歌「津軽海峡冬景色」を歌い上げた石川さゆりも、堂々としたパフォーマンスだったが、やはり高音部分が伸びきらないのを感じた。仕方ない。仕方ないのですよ。それでもほとんどキーを変えることなくオリジナルな歌を歌おうとした石川さゆり見事だなあと感心する。一方で松田聖子はオリジナルキーからかなり下げた演奏に載って20歳代の頃の歌をメドレーで披露した。これがかなり見事。キーが下がっているのだから、もうちょっと高いキーで歌っていたオリジナルの声が出るわけもないだろうと思っていたら、高音部分では聖子ちゃんの聖子ちゃんたる所以の魅力的な声が伸びていて、とても驚いた。キーを下げることで高音域で声量が激減することを避けつつ、その下がったキーで魅力を出すというのはとても難しいことだと思うのだけれど、それをきちんとやっていて、ああ、肉体的な衰えがあってもセンスとテクニックで若い頃と然程変わらない魅力を実現することは可能なんだなあ、さすがはスーパースターだなあと感心した。

それを可能にしたのは、多少低音域でも魅力的な声を出せるという希有な声である。多分。このさめざめというバンド(?)のボーカル笛田サオリという人の声も、そういった類いの声なんじゃないかなあと思うのだ。サビじゃないAメロBメロの、地を這うような展開の中での歌声の魅力的なこと。2分4秒くらいのところで一番高い音のシャウトがあって、それは結構キツそうだった。多くの、というはほとんどのボーカリストはそういうシャウト部分で勝負していて、例えていうならばできることなら160kmの豪速球でストライクを取りに行きたいピッチャーが多いみたいなもので、それに対して笛田さんは最高速はそこまでじゃないけれどどんな変化球も投げられて、しかも変化球だって結構速いみたいな。なんでも野球に例えるのは愚かだとは判ってるし、この例えで伝わってるとは思えないのだけれど、なんかそういう感じ。その結果、普通のボーカリストが勝負しなさそうなAメロBメロ的な部分でも魅力を撒き散らしているという、かなり珍しいボーカルじゃないかなあと思う。まあ難しいこと考えなくとも、単純にこの人の声が好きだ。

(2020.1.14) (レビュアー:大島栄二)


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review, さめざめ, 大島栄二

Posted by musipl