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chique『存在』
【活動中には届かなかった誰かのところに届いていくということ】

良い曲だ。じんわりとくる。歌い出しの声が心なしか震えている。鍵盤を中心にした静かなイントロから入ってくるだけにその震えが目立つ。声が震えるのってそんなにいい事では無いはずなのに、この震えはとても良い。何かが始まることを予感させる。ドラマがこれから始まるんだと思わせる。聴いていると、確かに始まる。ドラマが始まる。そのドラマは未来に向かった明るい展望が広がるようなものではなく、1年前に別れた彼女への断ち切れない想いを綴るというもの。もう新しい恋人がいますと真っ先に言っておいて、過去の清算終わらずじまいって、それはどうなんだ、都合よ過ぎないか、とは思うけれど、引きずるというのはそういうことなのだろう。自分で器用に切り替えて次に次にと進めればいいのだろうけれど、なかなかそうもうまくいかない、そんな男なんだろうということが想像される。

ただ、この過去を断ち切れない内容の曲だが、これは2016年に解散したバンドのものだ。それが2020年に公開される。このバンドの活動そのものにも断ち切れない何かがあるのだなと思うと、この曲の中の主人公が前の彼女にいつまでも未練を残していることと重なって見えてくる。どんなものにも、人にもバンドにも別れというものはあって、それを機にまた新しい道に進んでいく。このchiqueというバンドのメンバーたちもそれぞれの道に、ある者は新しいバンドを組み、ある者はまったく別の仕事や何かに邁進していることだろう。だからといって過去のバンド活動をすっぱりと無かったことのようにすることは不可能だ。その結果こうして4年前の映像が新たに公開されたりもするし、無くなったはずのバンドのHPやTwitterアカウントが今も消されずに存在していたりするのだろう。そのことはけっして悪いことではない。バンドが解散したところで活動中に作った作品まで消え去るわけじゃないからだ。無くなった中世の画家の油絵が今も美術館に飾られて多くの人たちに鑑賞されているように、解散したバンドの曲だってYouTubeに残されて多くの人たちに鑑賞されていいはずだ。活動中には届かなかった誰かのところにこうして届いて、「良い曲だなあ」などと思われることは、バンドにとっても楽曲にとってもきっといい事なのだろうと信じたい。

(2020.7.31) (レビュアー:大島栄二)


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review, 大島栄二

Posted by musipl