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MONO NO AWARE『東京』【彼らの必要以上にノスタルジックなサウンドが僕らに問いかけているよう】

東京というタイトルがついた曲はついつい聴いちゃうしMVがあれば見ちゃうというのは、長年東京に暮らして離れた者の郷愁のようなものなのだろうか。大都会への郷愁というのも変な話だなと思わない訳ではないが、実際には政令指定都市で生まれ育つ人の方が多い訳で、そういう意味では野山を駆け巡るド田舎のことを思い出す郷愁の方が圧倒的に少数派なのだろう。まあそんなことを考えつつこのMVを見るといきなりド田舎。なんだこれはと思ったら八丈島で撮影したとのこと。ああなるほどこれも東京か、行ったことないけど。東京と一言でいってもいろいろで、八丈島ほどのド田舎ではなくとも、立川や八王子あたりでも、ちょっとした県庁所在地よりもよっぽどビルは建っていて都会で便利なのだけれども、それでも東京の中での都落ちした感じというのはなんとなく漂っている。以前立川辺りをバイクで走っていて、道がわからなくなってガソリンスタンドで「新宿方面に行きたいんですけど」と聞いたら「ああ、東京の方はね〜」と教えてくれてビックリしたことがある。おいおい立川も東京だろうと…。30年ほど前の想い出ですけどね。

最近人気のMONO NO AWARE。東京と名の付く曲は探してでも聴くくせにそこそこ有名になっちゃったバンドの曲はどうも敬遠する傾向があって面倒臭い僕だが、東京という曲のタイトルの誘惑の方が勝っちゃって聴いてみたら、意外と(?)いい。バンド名が少しばかり世を儚んでいるのでひねくれたことでも歌っているのかなと思っていたらそんなこともなくて。実に真正面からほのぼのとしたポエジーなメロディを奏でていて心地良い。そんなほのぼのポップネスに乗せて「ふるさとは帰る場所じゃないんだよ」と吐露する。高度成長期などとっくに終わっても若者は夢を求めるのか職を求めるのかしらんが東京に向かい、友と出会い恋をして家庭を築く。子供が学校に通い始めれば生活はもうそこに完全に根付くし。お互い別の故郷からやってきた夫婦が故郷に帰ろうといってもどちらに帰るのという問題に答えがあるはずもなく、子供の生まれ故郷となった東京に骨を埋めるのが当然という人生に行き着く。MONO NO AWAREのメンバーはまだそういう境地の年齢ではないだろうし、MV後半でちょっとだけ映される「都会」の風景に活動する彼らの姿も、まだ見えないいつか先の帰結を無意識に想像していくのだろうか。人が少なくなって荒れるド田舎と、人が増えて綺麗になっていくド都会と。どちらに明るい未来があるのかどうか、彼らの必要以上にノスタルジックなサウンドが僕らに問いかけているようで切ない。

(2018.8.20) (レビュアー:大島栄二)


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MONO NO AWARE, review, 大島栄二

Posted by musipl